東方幻想今日紀 三章  序話  僕のしあわせは

「メルシアくん・・・だよね・・・?」
「ああ、もちろんだ!」


メルシアくんは自信満々に、胸を叩いて頼もしそうに言う。


・・・でも、私の視線は閉じたままの
月の淡い光に照る彼の左目にずっと注がれていた。



・・・理由なんて、私には訊けなかった。




ぼんやりと彼の左目のまぶたを見つめていると、
彼は神妙そうな顔つきをした。


「・・・丙子さん、僕からおまえに一つ、お願いがある。」



今までになく、真剣な顔で問い掛けるメルシアくん。
彼のこんな表情は初めて見る。



「・・・うん。何でも訊くよ。」



・・・静かに私は頷いた。




「よかった・・・。
 ・・・僕を、龍乃国に案内してくれるか?」






・・・それは、一緒に私の国へ逃げようという提案だった。





目頭と顔がとても熱い・・・。


生まれて・・・こんなに嬉しかったのは初めてかも・・・。

メルシアくんが、自分の国を捨てて、私を助けてくれた。
ずっと、メルシアくんと一緒にいられる。



「・・・うんっ!」









・・・今度は、私がメルシアくんの手を引っ張る番だ。







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・・・見通しの悪い草地を走り続けること、
どれくらい経ったのだろう?



走り続けると言っても、メルシアくんは重たそうに
足を引きずっているから、早歩きと大して変わらない。


ときどき、休ませてあげたりして・・・。



私達は、小さな小川に差し掛かった。






「ここから、中間域だよっ。
 ・・・もう休もう、メルシアくんっ・・・。」


「・・・うん・・・。」




小川のほとりで、さらさら流れる水の音を聞きながら、
私達は柔らかな湿った草の上に腰を降ろした。




川面に映る優しい月の光を
吸い込まれるように見ていた、その時。




「「わあ・・・。」」



・・・小さな、かんらん石のような淡い光が目の前を横切った。

きれい・・・宝石みたい・・・。




「・・・ねえ、メルシアくん、これなに?」


「おまえ、見たことないのか?
 これは、ホタルって言う虫なんだぞ。」




メルシアくんが、その小さな光を中指で指した。

人差し指は、無くなっていた。




「・・・そっか・・・これが、ホタルか・・・。
 初めて見たよ。こんなに、きれいなんだね・・・。
 一週間しか生きないって聞いた事があるな・・・。
 短い命を燃やして・・・はかなく、消えちゃうんだよ。」



・・・しみじみと、私はそんな事を
誰に言うとでもなく、こぼしていた。







・・・彼は、アザだらけの顔でゆっくりとほほえんだ。





「・・・僕は、ホタルになりたい。」









・・・私は、何も言わなかった。


ただ、彼の幸せそうに細めた右目を見つめていた。









ホタルは、川面に映った自分の姿に向かっていって・・・









・・・その時だった。





「いたぞーーーッ!!反逆者どもだッ!」






・・・近くで、大きな野太い男の声がしたのは
ホタルが川面に沈んだ直後だったのだ。




「逃げるぞ、丙子さん!」
「うんっ!」



とっさに、メルシアくんが私の腕を強く握って立ち上がった。
私も、一緒に立ち上がる。




・・・しかし、気付いた時にはもう遅かった。






赤い鎧を着た男達に、私達は取り囲まれていた。

・・・数はわからないけど、5人や6人ではなさそう。



「くっ・・・そ・・・おまえら・・・!
 丙子さんに触れたら・・・僕が殺すからな・・・!」



震える高い声でひたすらに訴える、小さな背中。





「・・・ふん。ほざけ。反逆者は何の権利も無い。
 おまけに、脱獄と来ているからな。最高の反逆罪だ。」





・・・もちろん二人とも、脱獄したばかりで
武器なんか持っているはずが無い。





・・・でも、私は、メルシアくんに守ってもらった。

だから、今度は・・・






「−−−わたしが、あなたをまもるからーーー」








私は、赤い帽子をゆっくり外して、左手に思いを込めた。
そして、私の小さな手の中に、真っ赤な真っ赤な刀が現れた。






・・・絶対に・・・守るんだっ!!





一瞬だけ、赤い鎧の人たちがたじろぐ。
その瞬間をめがけて、一番近い鎧の人の胴を振り抜いた。



「ぅぁ”っ・・・!!」



小さな、押し殺したうめき声が私の耳を掻きなでる。






たくさんの生温かいものが顔に飛び散って掛かる。
つんと鼻をつく匂いが私の鼻をくすぐる。



・・・夢中で、それが何なのか、私にはわからなかった。





「っう゛っ・・・!?」




少しだけ間をおいて、お腹が裂けるような感覚に襲われた。


力が抜けて、視界が急に狭くなって、
目の前の景色がぐらりと倒れこんできた。


お腹を確認すると、薄い紙を縦に裂くように、
私のお腹がぱっくりと裂けていた。


噴水を思わせるように、
黒赤いものがとくとくと脈打つように流れ出る。





「なに・・・これ・・・?」





・・・目の前がぼやけて、一瞬でまっくらになる。





よくわからない強い力が、私のお腹をえぐってる。
すごく、お腹の辺りがスースーする。






だんだん、きもちよくなってきた・・・。








「・・・丙子さんっ!!?おねがい・・・!起きてよっ・・!!
 目を覚ましてよお!!生きてっ!・・・生きてぇっ!!
 死なないで!しんじゃだめっ!!だめえっ!!」




遠くで、彼の声がうっすらと聞こえる。





でも、ゆめみたい・・・。



だって、こんなにからだがあたたかくて・・・。
メルシアくんが私のために叫んでて・・・。




「やだっ・・・こんなのやだよっ・・・!!
 丙子さんっ・・・





こんなの・・・ありえないよ・・・。



うそだよね・・・。




・・・メルシアくんを・・・守れなかったなんて・・・。






・・・何も聞こえなくなってくる・・・

まっくらだった目の前が、まっしろになってきた・・・。








まだ私は・・・







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「・・・・・・。」

「・・・お、目を覚ましやがったぞ。」






頭が痛い・・・。
ものすごく、きもちわるい・・・。

おなかに、すごい重さの何かが乗っている感じ・・・。





・・・私・・・生きてたの・・・?
メルシアくんは・・・?



・・・あれから、どれくらいの時間が経ったんだろう・・?
すっかりと辺りは昼間になっている。





私の目の前には、たくさんの人たちがいた。
みんな私ではなく、私の少し後ろを見ていた。

・・・それも、低い柵の向こうで。



・・・みんな、しきりにざわついていた。




そんなわけのわからない状況を、私はぼんやりと受け入れていた。




私の後ろで、何が起こっているんだろう。
ここはどこなんだろう。



・・・確認しようとして、私は後ろを振り向こうとした。



「・・・!?」




体が動かない・・・!?
それに・・・声も出ない・・・。




「・・・龍仙薬はやっぱり偉大だな。
 あの龍が動けないんだからな・・・。
 龍の癖に、可愛い顔をしやがって・・・このクズが。」




私が困惑していると、赤い鎧を着た男が、
私の顔を覗き込みながらにやりと笑った。




りゅうせん・・・やく・・・?
私が動けないのは・・・おなかの傷じゃなくて・・・





「っ・・・!?」



そして、赤い鎧の男は私を軽く持ち上げ、私の向きを変えた。
ぐるんと視界が動いて、乱暴に降ろされた。







・・・目の前に見えた光景。













・・・それは、穏やかな顔で寝ている少年の姿。







うつぶせに、腕を枕にして幸せそうに寝ていた。






近くには、赤い尾を引いた細い鉄の糸が捨てられていた。

























紅い瞳は、どこか遠くを、ずっとずっと見つめていた。





つづけ