東方幻想今日紀 三章  序話  籠の中の龍

「おい、いい加減に寝たらどうだ。」
「・・・こんな状況じゃ寝れないよ・・・。」



・・・私がここに運ばれてから三日。そう聞かされていた。
つまり私がここで目が覚めて、二日目になる。


私を敵視している国の人の発言だから、
間違っているかもしれないけど・・・。



そう、ここは・・・きっと、而国の独房。


独房にしてはかなり広くて、きれいだった。

・・・でも、鉄格子がしっかり張ってあるし、
私を見張る若いお兄さんの看守だっている。





あの時・・・実はよく覚えていないんだけど、
はっきり覚えていることは少しだけある。




「ともだち」だと思ってたメルシアくんが、私に弓を向けた。


その瞬間、私の頭に、何かが入り込んでいくような違和感と一緒に、
今まで感じたこともない吐き気が襲ってきて・・・
目の前が真っ赤になって・・・
力なくへたり込んでいるメルシアくんがいて・・・



薄れていく意識の中で・・・思ったこと、それは・・・


ああ・・・やっぱりメルシアくんは、
私の事を何とも思っていなかったのかな・・・。


・・・考えると、今も胸が苦しくなる。



今も、頭には生々しい傷がある。
心臓が頭にあるみたいに、つきつきと痛む。





「・・・ところで、面白いモンが届いたな。
 なになに・・・而国に送られた龍殺しの手紙?」



ふと、誰にというわけでもなく、
看守のお兄さんがつぶやくように言った。


私は、鉄格子の外のお兄さんにちらっと視線をやった。


看守のお兄さんは、ゆっくりと口を開いた。




「ふむふむ・・・
 
 龍は、憎き敵、そう思っていた時期が僕にもありました。
 でも中には、すごく優しくて、親切な龍もいるのです。

 その龍は、怪我をした僕を治るまで、面倒を見てくれた。
 すごく心配してくれた。 
 
 彼女は、初めて出来た「ともだち」なのです。
 
 ・・・ずっと、本当は一緒にいたかった。
 
 最後に言います。
 僕の知っている龍は、僕の今まで出会った誰よりも・・・
 ・・・素敵な人です。
 
 お願いします。龍を悪者だと言うのはもう耐えられません。


 お父様、お母様へ    メルシア     ・・・ってな。」




「・・・うそ・・・だよ・・・。」


私は唇を噛みしめた。
唇から、鉄の味がする。



どうして・・・?
どうして、メルシアくんはそんな事が書けるの?



あんな事を言って・・・私を・・・



「・・・おーおー。結構きったねえ字だなあ。
 しかもなんつー筆圧だよ。
 ただの手紙で、こんなに丁寧にかく奴があるかよ。」



なんでメルシアくんは・・・

・・・どっちが・・・本当なの・・・?

 
命令されるがままに、私に矢を向けたメルシアくんと・・・
この手紙を、而国に送ったメルシアくん・・・。

 

・・・ダメだ・・・わかんないよ・・・。




涙は止まっていたけど、今度は
頭の中がごちゃごちゃに散らかってきた。



「・・・いやあ、而国にもこういう考えの奴がいるんだなあ・・・。」

「・・・?」


私は目の辺りを軽くこすって、鉄格子の向こうのお兄さんを見た。
どうも彼の発言に、何か引っかかるものを感じた。

だって・・・彼は而国の人じゃ・・・



お兄さんは軽く咳払いをして、体ごとこちらに向き直る。



「・・・そんな顔をするなよ。ちょっと話を聞け。
 そうだな・・・俺ぁ、元はと言えば龍乃国の人間だったんだよ。」


「えっ・・・!?」



私の向こう、はるか遠くを見つめるようにして言うお兄さん。
そんな彼に、私はつい尋ねてしまった。



・・・だとしたら、どうしてここにいるのかな・・・。

ひょっとして・・・実は龍が嫌いだった・・・とかかな・・・。


私が勝手な想像を膨らましていると、
お兄さんは遠くからこちらに視線を向けた。



「・・・でだ。俺はある日、中間域で木を切ってたんだよ。
 そしたら、突然赤い鎧を着た奴に戦鎚で殴られたんだ。
 ・・・気が付くと、牢屋にいた。
 で、釈放される条件として、ここで而国の者として働くってな。
 ・・・これは後から聞いた話なんだが、
 どうやら龍乃国で『中間域』と呼ばれる場所は、
 ここでは「而国の領土」ってなっているらしいな。
 ・・・要は、俺は不法侵入で捕まったって訳だ。」


彼はハハッと陽気に笑った。


そんな・・・だって・・・最近出来た土地なのに
勝手に・・・而国の人が独り占めしたって事なの・・・?
 



「・・・そんな話はさておき、三日前に捕まったメルシアとやら、
 なんでも、あいつは而国の総隊長の一人息子だそうだな。」

「・・・じゃあ、もしかしたら罰は受けてないんじゃ・・・」


お兄さんは、やれやれと首を横に振った。


「・・・逆だ。総隊長の子だからこそ、
 さんざん拷問を受けた後、処刑されるだろうな。
 憎き『龍』と一緒に行動したんだから当然だな。」


・・・顔から血の気がすっと引いていくのを感じた。
・・・拷問、処刑・・・。

考えたくも無い文字が、頭に浮かんでは回る。




「・・・まあ、龍は憎き汚らわしい存在と、
 ここでは言われてるからな。
 銘家の跡取り息子ともなれば、なおさらだろう。
 ・・・正直俺だって、お前が龍じゃなきゃこんなかわいい幼女、
 罪人なのをいい事にひたすら抱き回してやりたいさ。」


「だっ・・・!?」


突然不意打ちみたいに彼の口から告げられた言葉。
それは、すごく最低な言葉だけど・・・


・・・うう・・・顔が熱いよぉ・・・。


そんな言葉、本とかでしか見たことがないから、
実際に言われるとすごく恥ずかしくてたまらなかった。


・・・でも、しないのは・・・私が「汚らわしい」龍だから・・・?



「・・・お?お前随分と耳年増だな・・・
 大丈夫だ、そんな泣きそうな顔をするな。
 単純にんな事したら俺が反逆者として殺されちまうからだ。
 お前が汚らわしいとか、そういう事じゃねえよ・・・。
 何せ、龍を褒めたりするだけで死刑になるような国だからよ・・・
 ・・・この会話が誰かに聞こえていたら、完全にダメだなァ。」


「・・・えへへっ。」


・・・取り繕うように、お兄さんが少しだけ慌てた様子で言う。
この人・・・口調とは裏腹に、優しいな・・・。

私は思わず、照れくさくなって頭を軽くかいた。



「・・・なあ。ちょっと顔を近くで見ていいか?」
「・・・え?うん・・・。」


私は鉄格子のそばによって、軽くあぐらをかいて座った。
お兄さんも鉄格子に近寄って、まじまじと私の顔を見始めた。


髭がうっすらと生えていた、優しい顔立ちだった。


「・・・はあ・・・。」



少し私の顔を眺めた後お兄さんは、つらそうにため息をついた。

「・・・?」



「・・・まあいい。俺は便所に行くから、じっとしてろよ。
 あくまでもお前と俺は、看守と囚人。それを忘れんじゃねえ。」



取ってつけたようにそれだけ言って、彼は立ち上がり、
独房の部屋の扉をバタンと乱暴に閉めて部屋を出た。




・・・すぐに、彼が私の顔を見たがった理由を知らされることになった。




「・・・死刑なんて・・・言えるわけないだろうが・・・
 この子が・・・何をしたってんだ・・・ちくしょう・・・。」



小さなすすり泣きが、閉まった扉の向こうから聞こえて来たからだ。

・・・龍は、人間よりも耳が良い。
それは決して、良いことばかりじゃないけどね・・・。




・・・そっか・・・私、ここで殺されるんだ・・・。


龍乃国・・・姫である私が死んだらどうなっちゃうんだろう・・・?
いや、賢いお父さんのことだから、
きっと私より王にふさわしい人を見つけてきてくれるよね・・。



・・・いや・・・私はいい。



メルシアくんは、今、過酷な拷問を受けているんだろうな・・・。
それも、全部、私のせいだ・・・。





私なんかと関わったばかりに・・・




「今日の私は泣き虫だな・・・だめだねっ・・・。」



壁に向かってつぶやいた。
壁は冷たく固く、押し黙ったままだ。








・・・そのまま、私は硬い石の床の上に横になった。

右のほっぺが暖かかった。















「・・・?」


私はどのくらい寝たのかな・・・。


私は、小さな違和感を感じてゆっくりと身体を起こした。
外は真っ暗で、どのくらいの時間なのかはわからなかった。
明かりに照らされた看守のお兄さんは、腕を枕にしてぐっすり寝ている。


・・・このお兄さん、看守としてはだめだよね・・・。



そんな事を苦笑いで心の中に呟くと、
とつぜんけたたましい音で警報機が鳴り出した。



「・・・っ!?」



え・・・なに?一体何が起こったの・・・?


「むぐっ・・・!?」


困惑していると、急に手で口を押さえられて、
すっと身体が誰かに持ち上げられた。


そして振り向く間もなく、ふわっとした感覚と一緒に、
固いものが壊れる音が同時にした。



わずかの間の後に、布団の上に
背中から叩き付けられるような衝撃が体を襲ってきた。
私の口をおおう、小さめの手が離れた。


つきんと頭に痛みが走り抜ける。



そして、私を抱きかかえていた誰かは、立ち上がって
今度は私の手を強く握って引っ張って走り出した。


・・・私はされるがままに走った。



今、何が起こっているのか、頭が全然追いついていない。
でも、不思議と怖くはなかった。



・・・理由はわからなかったけど、その手は温かかった。




ふと見えたのは、月に照らされた草むらと辺りの木。
聞こえてきたのは、虫の綺麗な鳴き声。




・・・誰かと私は、草が深いある川のほとりで立ち止まった。
水がさらさら流れる音。川面に映る半月。


そして、誰かは私の方を初めて向いた。



「・・・!!」



にぶい月明かりに照らされた顔は、私のよく知った顔だった。


少しだけ、良く知っている彼の顔とは違っていた。
暗くてよく見えなかったけど、たくさんの影が顔にできていた。





・・・そして、彼の左の目は、固く閉じられていた。





「・・・遅れてごめんなっ!僕だ!」




片目をつぶって、幸せそうな満面の笑顔で言う少年の姿がそこにあった。






つづけ