東方幻想今日紀 三章  序話  僕にとって初めての 

僕が丙子さんに怪我の手当てをしてもらって二日目。
小さなもやもやが一つだけ、僕の心の中にあった。


それは、怪我のことだ。


僕は両足と腰を骨折した。
僕の国では敵視されている、
龍の丙子さんの家で寝泊りしているのはそういった理由だ。

治ったら、僕はここを出るつもりでいた。



・・・でも、今僕の足は治っている。



驚くべきことに、一晩で治ってしまったのだ。




・・・それはともかく、ちょっと困ってる。


今僕は、足が痛むフリをしてわざと足を引きずって歩いている。


本当は・・・そんな事しちゃいけないってわかってるんだけど・・・。


足を引きずるたびに、心配してくれる丙子さんが可愛くて・・・。
心配してくれることが、すごく嬉しくて・・・。


彼女が僕を心配そうに覗き込むたびに、
僕の心臓は締め上げられるように嬉しくなった。


僕の国では怪我人は、用無し。
怪我をしたら弱者として、木の端切れのように扱われた。


・・・でも、丙子さんは僕を心配してくれる。
・・・僕に、関心を持ってくれてる。




どれだけ、それが僕にとって幸せだったことか・・・。



・・・もうひとつだけ、理由がある。






それは、僕が怪我している間は丙子さんと離れずにすむという事。

これで僕が祖国に戻ったら、もう二度と彼女と会うことはないだろう。
いや、会うとしても、「敵」としてだ。


そんなの・・・絶対に嫌だ。



「・・・!」



そうだ・・・僕が彼女を而国の人間として・・・
一緒に来てもらえば・・・。



・・・そうすれば、僕も、彼女も・・・



「っ!?」
「・・・?」



そこまで考えた瞬間、荒々しく扉を叩く音が玄関から響いた。

僕と丙子さんは、軽く目を見合わせた。





・・・僕は流れ落ちる汗と猛烈な寒気に、
激しい違和感を感じていた。



「・・・誰だろう・・・。」
「・・・さあ?」



丙子さんが、可愛らしい足取りで玄関に向かう。
そして、ゆっくりと扉を引いた。


僕はその後ろ、隠れるようににこっそりと付いていった。







彼女が扉を引くと、僕の良く知った顔がそこにあった。
高い、大きな真紅の鎧に包まれた身体の上に、大きな兜をつけて。


「どなた・・・ですか・・・?」



・・・丙子さんの強張る表情が、震える小さな高い声を通して
後からでも見て取れるようだった。




・・・僕の中で、全てが止まった。







「・・・メルシアか。」

「・・・あ・・・ああ・・・」



僕の視線の少し先には、本やテレビでよく見かける、
僕の国の親衛隊の副隊長、クルティ様・・・。



その全身から威圧を起こす大きな身体は、
僕の判断力を全て奪うのには十分すぎた。



目の前の大男は、にやりと口許を上げた。




「・・・メルシア。この少女は誰だ?」


野太い声が、僕の喉元を掴む。



・・・目の前には、力なくへたり込んでいる弱々しい少女。


「・・・而国の・・・人・・・です・・・・」



・・・絞り出すような声で、僕はそれだけしか言えなかった。
立っているのがやっとで、腰が抜けそうだった。



「もう一度訊こう。誰だと言っているんだ!!あぁ!?」



今度はその大男は、眉根を吊り上げ、
厳つい髭顔を強張らせて、空気を震わせるようにして咆えた。



僕はわけもわからず、頭の中が真っ白になった。



「・・・憎き敵・・・龍です・・・!」






・・・あまりの恐怖で、自分で言った言葉の意味がわからなかった。
・・・何を喋ったのかもわからない。




・・・でも、振り向いた少女の表情で僕が何を言ったのか、
少しして、気付かされた。



涙を湛えた大きな両の赤い瞳が、
ただひたすらに僕を貫通した向こうを見つめていた。



・・・喉が苦しい。
頭が割れるように痛い。




・・・死んでしまいたかった。




「・・・そうか、メルシア。
 それならばお前に名誉ある初仕事をやろう。」


「・・・はい・・・。」


僕は目の前の大男の顔を視線で切りつけた。
・・・そして、力なく頷いた。


・・・もう、わけがわからなかった。




「・・・今からこの憎き龍の頭を射よ。
 もちろん、するかしないかは自由だ。」
 



「・・・さて、どうする・・・?」




息が止まりそうだった。


丙子さんを射る。
それも、脳天を・・・。
初めて出来た、「ともだち」を。



初めて、僕を心配してくれた・・・人を・・・・。




丙子さんは、目を強くつぶっている。
でも、頭を腕で覆うようなことはしていない。


ただ息もせずに、何かを覚悟して目をひたすらに閉じていた。






・・・僕は・・・どうすればいいの?





・・・わかんない・・・わかんないよ・・・




大きな力に引きずられて、
僕は矢を取り出して弓を構えた。



・・・死ぬのが・・・怖いよ・・・。
でも・・・丙子さんを撃つのも・・・





どうしたらいいの・・・?



・・・おねがい・・・誰か・・・僕をたすけて・・・!!






「・・・ここで彼女を撃てば、君は死なないよ。
 ・・・彼女だって龍だからきっと生きてる。
 でも、撃たなかったら、君と、ともだちは死んじゃうよ?」 





・・・誰かはわからない。

何かが、僕の耳元で、そんな事をささやいた。







そいつは、僕の右手を矢から引き剥がした。




















・・・少女は、鈍い音を立てて床に伏した。

















広がる鉄の匂いが、僕の濡れた鼻を掻きなでる。
床に咲いた、真っ赤な模様の上で、
虚ろな瞳、苦しそうに絶え絶えに息をする小さな少女。









その頭には、旗のように赤い斑点のある白い矢が突き立っていた。














僕の中で・・・・・・全部が終わった。


















「・・・あーあ。初恋の相手を撃っちまったか。
 ま、龍だもんな。相手が悪かったって事だな。
 メルシア。構成の余地ありとして、お前を反逆罪で連行する。
 証拠は、「お前が書いた手紙」だ。・・・おい、こいつを捕らえろ。」






男の声は、とても遠くに感じられた。







沢山の鎧を着た男が扉を蹴破って、なだれ込んできた。



男が僕のお腹に蹴りを入れたところで、目の前が真っ暗になった。



つづけ