東方幻想今日紀 三章  序話  十三歳、僕の国で 

これは幻想郷の外の世界、とある二国の間に生まれた二人の話である。







ある所に二つの国が存在する世界があった。
そして、そこには二つの種族が暮らしていた。

比較的弱い人間と、身体能力全般が高い龍。

人間の数が圧倒的に多く、龍は少数だった。


片方の国は神を名乗る人間「而天」により治められていた。
もう片方の国は龍が代々国を統治していた。

大昔、両国の決めた国境の中間に位置する場所に
地殻変動によって出来た土地があった。

明確な境目は無かったが、いわゆる中間の位置、
龍の国と而天の国の間に
どちらの国の住民も住んでいる地域だった。


龍乃国では中間域とされ、どちらの国の物でもないと言われている。
しかし、而天の国では而天の国の領土とされた。



而天の治める国は龍が存在しない。

而天は身体能力に優れる龍を邪魔だと考え、
排除する方針に乗り出したからだ。
その為「龍殺し」という役職を置き、
定期的に中間域に出向かせ龍を殲滅させた。

また、龍というのは徹底的に悪だと教え込まれた。
非常に残虐な粗悪の根源だと徹底して教育されたのだ。

なので国民は全員、心の底から龍を憎んでいる。
憎んでいると言うよりは悪だと思っている。


一方の龍の国では而天のしている事を知りながら
而天に対して対抗する姿勢を見せなかった。

強いて言うのなら中間域を危険地帯に指定したくらいだ。

而天の国から来る人も温かく迎えた。


だから龍の国の者は而天の者について、一切の偏見は無い。




これは而天の国、先祖代々龍殺しの職に就いていた
家の息子として生まれた少年の物語である。









「・・・おい、いいか、何度も言うが、龍にだけは見つかるなよ。
 見つかったら最後、八つ裂きにされるからな。
 もし見つかったら大声で俺を呼べ。奴の喉笛を掻き切ってやる。」

「うん、大丈夫!そんなへまはしないよ!
 だから向こうの木の実を取ってきていい?」

「ああ。行って来い。」

「うんっ!!」






僕は一昨日、大人になる13歳を迎えた。

僕の家系は代々龍殺しという名誉ある職業だった。
だから、嫡男であった僕もその例に漏れず龍殺しだった。

龍殺しというのは、主にここ、高めの木が多い林道になっている
龍乃国に近い而天国の南端に現れる龍を殺す職業のことだ。
龍は人間と同じ姿をしているが、
放っておくと勝手に而天国に侵入して
人間を喰らったり、放火をして財産を盗み出すという。

そんな龍どもをここで何かする前に殺す、そんな仕事だ。
而天国には欠かせない大切な、言うならば「国を護る」仕事なのだ。

龍殺しは13歳の成人を迎えると訓練が始まり、
この龍乃国の国境付近での訓練が行われる。
そして、15歳になるまでには龍を殺せるようになるのがよいとされた。

さっき声を掛けてくれた僕のお父さんは凄腕の龍殺しで、
龍の中で最も強く、最も恐れられていた「紅龍」を葬ったことがある。

僕は「紅龍」を見た事が無いけれど、非常に気が荒く、欲が強いという。
こいつを倒したものは英雄とされて、現に僕のお父さんは英雄である証、
「龍滅師伝」という爵位を而天さまから貰っていた。

僕もそんな凄腕の龍殺しになる為に、その第一歩、
この国境付近の危険地帯を下見していた。


そして、今僕は単独で国境に程近い場所の木の実を取ろうとしていた。
この木の実は木に登らないと届かないほど高い位置にある。

地面から高さ5.6mほどの場所だった。

でも而天国の中央部には無い木の実で、とても高価だ。
だから今僕はこれを取ろうと必死になっている。



「ん”っ・・・!!んう・・・!!」



あとちょっとなんだ。あとちょっとなんだ。
もう少しで木の実に手が届く・・・!!

でも、これ以上手を伸ばすと体制を崩して落ちるかもしれない。

進んでもいいけど、枝がこれ以上細くなったら
折れて落下してしまうかも知れない。


「・・・よし。」


僕は少しだけ前かがみになって、ゆっくりと進んだ。

そして、そーっと、体制を起こして上の枝に実った
燃えるように赤い木の実を取った。

「やったああ!!!!」





不覚だった。



・・・何で僕は飛び跳ねてしまったんだろうか。






足場の枝が乾いた音を立てて、足場が無くなったかと思えば、
ふわっとした嫌な感じが体を包み、全ての物が上に引っ張られた。



「!!!?」


心臓が何かに掴まれて、引き上げられる感覚。
身の毛がよだち、全てが上に引っ張られた。


・・・思いの外、木は高かった。

 
体が落ちていく中で、何かを直感した。
体を叩きつけられたら・・・・死ぬかもしれない・・と。



体の下から鈍い音と一緒に、
激しく体を投げ出され、頭を突き通された感覚。


その先の記憶は、まっさらだ。






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なんだかあたたかい・・・・・・。

布団の感触が体をふわりとした暖かさで包んでいた。


ここ・・・は・・・?




「・・・あ、気が付いたみたいだねっ!・・・よかった・・・。」




ゆっくりと目を開くと、こちらを覗き込む
幼めな少女の顔が目の前にあった。
年の頃は12.13くらいだろうか?


薄い灰桃色の髪の毛。くるんとした前髪、小さな紅い角、
そして鳳仙花が咲くような華やかな笑顔が印象的だった。


どうやら彼女が助けてくれたみたいだ。


「・・・ここは・・・?
 もしかしてお前が助けてくれたのか・・?」


途切れ途切れの言葉で聞きたい事を目の前の少女に訊く。
鈴を張ったような大きな赤い瞳が印象的だった。


「ここは龍乃国と而天国の中間域なのっ。
 あなたが倒れていた所からちょっと離れた場所、私が普段住んでいる場所!
 足腰を両方骨折してるから・・今は動いちゃ駄目だよ?」


諭す様に言う彼女は心底心配している様にも見えた。


足腰を両方・・・・これじゃ・・・帰れないな・・。
中間域、という言葉が気になったが、そこは解釈の違いだろう。


「・・・ありがとう。おまえの名前は何だ?僕はメルシア。」


僕がこう問い掛けると彼女は変わらぬ笑顔で答えた。


「メルシア・・良い名前だね!
 私の名前は丙子(へいし)っていうんだ。
 治るまでここに居て良いから、ゆっくり休んでねっ。」

「・・・本当か!?罠じゃないよな?」


首を軽く傾けて笑顔で言う彼女は凄く可愛かった。


ここで、一つ引っ掛かる事があった。
それを恐る恐る訊いてみた。


「・・・なあ・・見慣れない格好をしているけど、
 おまえは龍乃国の奴なのか・・・?」


それを聞いた彼女は少しだけ笑顔を緩め、こちらを見つめた。

「・・・え?うん、そうだよ?」


「・・・だとしたら一つ訊きたい!!どうしておまえ達龍乃国の人間は
 龍なんかの支配下に居るんだ!?奴の下で悔しくないのか!?」


思わず軽く身を乗り出してしまった。



彼女はその質問が想像も付かなかったようだ。
口を半開きにして、動揺した様子でこちらを見つめていた。

僕は意味がわからなかった。
彼女がどうして疑問を持っているのか。


彼女は、龍に洗脳されている。
そう思うことで僕は自分の中で納得させた。


しばらくの間、彼女は押し黙った。


そして、間を置いて彼女は不安気にこう言った。




「・・・あなたは私達に・・・何かされたの・・?」



その言葉を聞いて直感した。






・・・目の前に居るこいつは龍だった。
・・・その憎き敵に生き永らえさせられた。




・・・最も恐れていた出来事だ。


・・・僕にとって最も屈辱的な出来事だった。



炎のような燃え上がる憎悪に付き動かされ、
思わず僕は起き上がり、叫んでしまった。



「・・・っ、おまえは龍だったのか!!!僕をどうするつもりだ!!
 生かしておいて何をするつもりだっ!!言え!今すぐ言え!!」


「ちょっ・・・落ち着いて・・怪我してるでしょっ・・?」


こんな奴に生かされておいたら何をされるかわからない!
もしかしたら・・・洗脳して奴隷にするつもりかもしれない・・・!

そんな事になったら最大の恥辱だ・・・!!

何で僕はあの時死ななかったんだ!
・・・首を掻き切ってでも死ねばよかった・・!!!



「うるさい!!黙れ!!おまえなんか・・おまえなんか・・っ!!
 今から僕をどうする気だ!!洗脳する気か!?見せしめにす・・・」
「落ち着いてってばっ!!」


「わっ・・・!?」


咄嗟に俺はこいつに抱きしめられ、布団に押し倒された。
ふわっといい香りがして、あったかくて・・・
肌の感触がやわらかくて・・・一瞬自我を失いそうになってしまった。



「・・・離せ!!離せっ・・・!!このっ・・・!」

「・・・だめ。落ち着くまで離さない。」



しっかりとすがるように抱きしめる奴。僕の抵抗は次第に弱くなってきた。

少しすると憎しみのようなものはだんだん消えて行った。



「離せっ・・!!離せ・・!・・はな・・・・・せ・・・。」




僕は抵抗をやめてしまった。
いや、これ以上抵抗できなかったと言った方がいい。

拘束の強さではなく、
余りのいい匂いとあたたかさに憎しみが負けたのだ。


しばらくして、奴はゆっくりと口を開いた。



「・・・落ち着いた・・・?」


「・・・うん・・・・。」



そういって奴はゆっくりと僕から離れた。
すっと温かくて柔らかい感触といい匂いが一挙に引いて行った。
しかし、僕の心臓の鼓動はまだ早鐘だった。


奴は軽く身を乗り出して
僕の寝ている布団のそばに膝立ちになった。

そして、笑顔の下に不安気な表情を隠して
僕の肩に手を当て、大丈夫だよ、とつぶやいた。


少しして、僕はこんな疑問を口にした。


語勢を強くして、荒っぽくならないように。


「・・・どうして、僕を助けた。
 敵である、僕を。一体どういうつもりなんだ。」


それを聞くと目の前に居るこいつは
くすっと表情を緩めて、柔らかく微笑んだ。


「何が可笑しいっ・・・。」


・・何だってこいつはこんなに可愛い顔で笑うんだろう。
龍のくせに・・・。汚くて、最低で下賎な龍のくせに・・。


「だって・・・私は敵だなんて思ってないから・・。
 ね・・?メルシア君・・・。」


「・・・僕を名前で呼ぶな。」


僕が目を伏せてそう言うと、
奴はよりいっそう顔を綻ばせてまた口を開いた。


「ふふっ♪・・・メルシアくんっ。」


「黙れ。名前で呼ぶなと言っただろ。
 龍なんかに僕の名前を呼ばれたくない。」




「・・・メルシアくんっ♪」


「黙れ。」


奴は尚も弾んだ声で僕の名前を呼んでくる。
無垢な笑顔で、交ざり気の無い笑顔で。

最低で・・人の心の無い・・龍が・・僕の・・・っ!




僕の・・・名前・・・を・・・。






「メルシアくんっ♪」





「だま・・れっ・・・・・!!」





気が付くと僕の目からは止め処無く涙が溢れていた。




混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになった。
僕の中の常識は目の前の奴に優しく溶かされてしまった。


あったかい龍も・・・いると・・・いうこと。








・・・彼女を憎むなんて、もう僕には出来なかった。






つづけ