番外編  雨は止まず、天(あめ)は病ます  上

この小説はジウ(yuutakatou)さんとのコラボです。

ジウさんとの同一のお題で異なるものを書くので、
もしよろしければジウさんの方も見ていただけると幸いです。












幻想郷に、一足も二足も早い梅雨がやってきた。





あの刻印異変から二ヶ月が経った。
即ち小春とののがここに来て、二ヶ月。


・・そして、今は四月。


女心となぞらえ形容されるほど、
春の天気は変わりやすいものと昔からされてきた。





・・幻想郷でも、それは同じだった。


そう、同じだったのだ。







「なあー・・秋兄・・いつこの雨晴れるんだよ・・。」



気だるそうに卓袱台に突っ伏しながら、部屋の台を叩き
管を巻いたように言う猫耳で黒髪の少女。


わざわざ暇だと言って、俺の部屋に上がり込んできたのだ。




「俺に訊くなよ・・・。そんな異常気象なんか・・。
 俺が知りたいくらいだよ・・・。」


・・今日は休日。
たまには雨を忘れて外に飛び出したいのだが・・・。



外を見ると、透明な矢は
しとしとと音をさせ、葉や地面をひたすらに打ちつけている。



この陰鬱とした天気がもう随分と続いている。


傘を差して寺子屋に通う日々。
いい加減鬱陶しくなってくる。


だから、今日の休暇にゆっくりと羽を伸ばすことにした。





・・しかし、邪魔するのはいつも自分だった。


「なあなあ・・遊ぼうぜ?
 頼むよー・・・おーい・・・寝るなっ!!」

「うるさいな・・・叩くなよ疲れてるんだから・・。」



今日は精神的ではなく、物理的に自分が邪魔だ。








どうやら聞いた話によると、
季節外れの長雨で作物が枯れてしまった所も多くあるようだ。


・・・命蓮寺にも、その影響は色濃く出ていた。







「・・・うわ・・また芋かあ・・。」
「小春。文句を言わないで下さい。
 最近は他の食料が急に高くなってしまったんですから・・。」



食事中、嫌そうにぼやく小春、制する寅丸さん。


それもそのはず、この数日間、ずっと芋料理が中心なのだから。
おいしいとは思うのだが、褐色や黄色で彩りが悪いし、
味もそこそこ単調だから飽きやすいのだ。




・・かれこれ、雨が降り続けて既に一ヶ月が経つ。


誰もがおかしいと思っていたのだが、
長雨は気力を吸い取る作用でもあるのだろうか、
誰も彼も何とかしようとは思わなかった。



作物の多くは駄目になり、寺子屋も今日から暫くの休校になった。




「・・・?ナズーリン、どうしたの?」



芋を無言でもくもくと食べている所を、
ネズ耳の少女がじっと見つめる。


「・・今日の君は何か変だぞ・・・?
 昨日以前ならもっと楽しそうに食べるのだが・・。」


「・・・え?そう?」


・・・ここ数週間の長雨、
単調な食事で気が滅入っているのかも知れない。


・・でも、昨日もそれは一緒。
特に変わった様子もないはずだが・・・。



「・・それに、箸の持ち方がいつもと違うし・・・。
 足の組み方も違うな・・・・。
 しかも・・今日は冗談の一つも言わないな・・。」


えっ・・・?え?
彼女は何を言っているんだ?


当然ながら、俺は箸の持ち方を変えた覚えも無ければ
足の組み方を変えた覚えも無い。

食事中、喋っても冗談をかますほど
話にのめりこんだりしないし・。


そんな困惑する俺をよそに、
彼女の疑惑の目は更に深まっていく。



「・・今日の君は朝から変だったな・・。
 なかなか起きてくれなかったし・・・
 食事の用意もしなかったし・・・。」



えっ・・・食事の用意・・・!!?
普段から食事なんて作ってなかったじゃん・・・!


それに・・朝起きないのは俺の普段だし・・。


俺は一体どうしてしまったんだろうか・・?
普段の俺はしっかり起きたのか・・?
ご飯を作れたりしたのか・・?


・・そんなはずは無い・・。



だとしたら・・・どうして彼女はこんな事を・・?



困惑しているところに、ムラサさんが話に割り込んできた。


「・・確かに今日のリアくん変だね・・・。
 いつも命蓮寺の掃除をやってくれたのに今日はしないし、
 髪型も分け目が違うし・・・口数も少ないよね・・・。」


「えっ・・・?」


・・ムラサさんまでそんな事を・・。


・・・覚えの無い事がどんどん頭に入ってくる。
もちろん、掃除なんか毎日やるはずも無い。

そもそも日替わり当番制なのだから、毎日やるはずが無いのだ。


髪型も分け目なんか変えた覚えが無い。



「あ、そうだよねっ!今日はリア君珍しく、
 私の肘の裏とか膝の裏に触ってこなかったし・・・・。」

「ぶっ!!?」


予想もしない丙さんの発言に、思わず噴き出してしまった。


「・・ちょっと待て!!いつ俺がそんな事を・・・!!」

「ふふっ、忘れたとは言わせないよ?いつも触ってくる時、
 結構やらしい手つきと顔をしてるんだからね、リア君?」

「お前っ・・・いつの間にそんな事を寺でっ・・・!!?」

「だから違うってのに!?丙さん!事実の捏造はやめてよ!」



肘の裏とか膝の裏って丙さんが普段露出している部分だ。
・・断じて、今日どころか今まで、そんな所に触った覚えなんか無い。



触りたくないかと言われたら嘘になるのだけど・・。
・・うん、仕方ないでしょそれは。



・・それはともかく、何だか広間全体の空気が張ってきた。
・・・まずい。何もしていないのに・・・凄く居心地が悪い。


・・・と、とにかく弁明しなくちゃ・・!


「いや・・俺はいつもどおりにしてるよ・・?
 今日も寺子屋が休みだからゆっくりする予定なだけで・・」

「嘘だ!!今日は寺子屋があるって言ってただろ!?
 もうすぐ時間なのに何で行かないのかと思ったら・・。
 お前まさか、今日仕事をさぼるつもりだったな・・?」



喋っている途中に小春が鋭く、棘のある言い方で
激しく俺を問い詰める。



「・・・ええっ!!?今日は休みだって言ったじゃん!」

「嘘つけ!明日は午後授業だけ自分の担当だと
 はっきりと言ってたじゃねえか!」

「え?そうなんですかリアさん?
 ・・・駄目ですよ、そんな事しちゃ・・・。」

「ちがっ・・・俺は・・!」


「・・・最低だな。雨が降っていて
 行きたくないのはわかるけど、子供達もそれは同じだろ?」


「だからっ・・・違うってば!!・・俺の話を・・」


「リアさん・・どうしちゃったんですか?」
「まるで違う人みたい・・・がっかり・・・。」


ちょっ・・・ちょっと待てみんな・・。
全然身に覚えが・・・・。



・・・みんな、一体誰を見ているの・・・?



そんな中、一人の少女が皆を制した。


「・・皆、そんな事を言ってても始まらないじゃないか。
 大切なのは、そんな事じゃないだろう・・・?」




ナズーリン・・・!!

・・やっぱり・・彼女は俺の事を疑ったりしないな・・。

・・考えてみればここに来て五ヶ月、彼女とは
同じ場所に暮らしていて
同じ時間を過ごしているのだ。



ナズーリンは味方でいてくれているよね・・・。



そんな期待を抱いていると、彼女が立ち上がり、
ゆっくりと近寄ってきて、こんな事を言った。



ここで、きっと彼女は違和感があっても、
いつもの俺だとちゃんと言ってくれるだろう。




・・・だって、ナズーリンだもの。





「・・今から言うことを正直に話してくれるかい?」


ゆっくりと、諭すように言う彼女。




少しの間を置いて、彼女は言葉を続けた。








「・・・・君は誰だ・・?
 ・・私の命蓮寺の仲間をどこにやった?」







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「・・・何が仲間だよ・・・
 ・・・ナズーリンの馬鹿っ・・・・!」





誰も住まなくなった民家の屋根の下、
一人の青年は傘も持たずに空を見上げていた。







雨の音は激しくなって、屋根を打ち付ける。
どす黒い雲は、重く頭上に覆いかぶさっている。



あの後皆の追及に堪えかね、いたたまれなくなった俺は
命蓮寺を深水を持って飛び出したのだ。




・・みんなもみんなだ。




どうして俺がいつもと違うと口をそろえて言うの・・?
俺は、ごくいつも通りにしてるだけなのに・・・。



・・・俺は・・・いつもどおり・・。



いつもと違うこと・・・寺子屋が休みだという事?

でも、寺子屋が休みだなんて、しょっちゅうだし・・。
最近は長雨で特に多い。
下手すると、三日に二日は休みだ。



今日、俺は何をした・・・?




朝起きて・・・歯を磨いて・・水浴びして・・

そのまま自分の部屋で娯楽本を読み漁って午前を潰して。
命蓮さんやナズーリンが読むああいう堅苦しい本ではない。


・・・うん、清々しいくらい何にもしてないな俺。


居候でこれとか確実に追い出されていいレベルだと思う。


しかし、いつもの生活であって、
普段と違うなんて事も無い。



・・しかも、髪の分け目を変えただの、足の組み方が違うだの、
みんな、観察がとても細かいし、普通は癖として変わらないものだ。


いつもしている掃除をやらないだの、
掃除なんか毎日はやってないっての・・。

繰り返すけど、日替わり当番だし・・。




みんなが、小さな誤解をしてる・・。
しかも、容姿や行動まで根底から・・。
一体どうしてなんだろう・・・。



重くのしかかる暗い灰色の空を眺めながら、そんな事を考えた。




・・・偽者がいるとか・・?


・・いや、その線は薄いなあ・・。


容姿が違うと指摘されるのはいいとして、
当番制である掃除を毎日俺がするものだと誤解してたし、
そもそも俺と入れ替わる隙があったとは考えにくい。


・・言い方は悪いが、長雨で判断力が鈍ったとか・・?

俺もいいかげんうんざりしてきているし、
大分集中力その他を殺がれている気がする。

俺の事を誤解しても不思議は無い・・・か・・・?


・・いや、それにしては記憶に妙な自信があったな・・。
間違ったことをあたかも絶対の事実として記憶しているし・・。


丙さんとかムラサさんなんか、
ありもしない記憶でものを判断していた。




んー・・・。




・・・考えてもわからない・・・。

・・もし、晴れてたらもっと頭がさえてたのかな・・。




そんな塞ぎこんだ気持ちで空を見上げる。


今日も妙に湿度が高いし、
休み無く緩やかな雨が降っていて、まるで梅雨みたいだ。


雲には裂け目も無く、一様に灰色だ。



「・・・お?」




・・・ふいに、視界の端に緑色の布が入ってきた。



真上から、少しだけ下に視界を移すと、
そこには見慣れた顔がいた。


紺色の横一線で切り揃えた前髪。
他の髪は肩より少し下で纏まっている。

SFチックな首下まであるタイトなスーツ、
全身に薄いスカーフ。花弁のようなマフラー。

ウバロバイトガーネットを髣髴とさせる、緑色の澄んだ目。
何よりもそのたゆんと服を張らしている大きな胸。



そんな、俺のお腹くらいの背丈の小さな女の子が
緑色の傘を持ってこちらに来た。




「ののじゃん・・・どうしたの・・?」




俺が話しかけると、彼女は首を上に向けて
大きな袋を上げ、心配そうにこんな事を言った。


「・・買い出しは私の仕事だったじゃないですかー。
 ほら、私は買い物当番をしばらく任されたんですよ。ほら。
 晩秋さまこそ、こんな雨の中、どうしたんですか?」


そっか・・忘れてたけど、買い物係だったっけ・・。

彼女は「のの」という名前で、二ヶ月前の異変の一件で
元凶であり、平行世界の俺である小春と同行していた子だ。

でも、色々と不思議な子だ。

そのSFチックな服装はもとより、発言も子供らしい隙がない。
記憶力が異常にあって、買い物を間違えたこともない。


そんな彼女は、今大きめの袋と傘を持って、
うなだれた俺の前に立っている。



「・・・実は・・・。」





俺はここに居る経緯、つまり寺を飛び出してくるまでに
あった事を彼女に包み隠さず話した。



「なるほど・・・ひどい話ですね・・・。
 ・・でも、晩秋様はごくいつもどおりですよ?
 特にこれといって変わったところなんて無いです。
 でも・・・全員が、というと気持ち悪い話ですね・・。
 小春様までも・・・
 自分ならわからないはずが無いのですがね・・・。」



・・・!!


・・いつも通りとわかってくれる人が居た・・・。


胸の奥が熱くなって、凄く嬉しかった。
だって、さっきから偽者扱いされてたのだから・・。


「・・・ありがとう・・・。」



・・・俺は感無量で彼女の頭をくしゃっと撫でた。



「・・・ちゃんと話せば大丈夫ですよ、晩秋様。
 私も、一緒に説得してあげますから。
 さあ、戻りましょう。風邪引いちゃいますよー?」



・・うう・・・いい子だなあ・・・。



・・俺は彼女の持っている傘と買い物袋を持って、
元来た雨でぬかるんだ道を二人で戻っていった。






雨が嵐になるのは、命蓮寺に着いてからの事になる。

そんな事、俺とののは知る由も無かった。






つづけ