東方幻想今日紀 百´話  後日談

「リア君、あなた宛に二つ手紙が着いてるよ?」
「ん、わかった・・。」


広間でムラサさんが手紙を懐から取り出した。
俺はそれを真顔で受け取る。



あれからたった十時間ほど。
妖夢さんは異変解決したと聞いて、確認のために去った。




・・・差出人など、一つは見当がついていた。



・・・手紙は二つ。



一つは、黒い雷(笑)からだった。

・・それにしても、相変わらずだ。
思わず噴出しそうになってしまった。

黒い雷ってわざわざ赤い筆で書いてあるんだもの。
赤い黒い雷って・・アホか・・・。


・・そんないかにもな手紙をもう一枚の下に回して、
もう一枚を確認した。






・・・もう一枚は・・


「野狐だ・・・。」



丁寧な、繊細で割と細めな字は、かつてはよく目にしていた。

・・俺はその手紙をゆっくりと開いた。
手が、少しだけ震えた。







今日、朝おきたらねこ耳のきれいなおねえちゃんがいたよ。

あたまをなでて、やさしくあやまってくれたの!

どういうことか、どうしてあやまっているのかわかったよ!

そのおねえちゃん、「黒いいかずち」っていってから、

「なのるほどのものじゃない」っていって、

ふはははははっ!!って、たかわらいしながらかえっていったよ。

あとね、お父さんがあと十ヶ月でかえってくるの!!

これも、せんせいのおかげだって、すぐにわかったよ。

ありがとう、せんせい。

せんせい、だいすき。










俺はゆっくりとその手紙を閉じた。



・・・不覚にも、最後の言葉で涙腺を攻撃された。






・・そっか、あいつ、しっかり謝ったんだな。


・・野狐にも中二を遺憾なく発揮したっぽいけど。
ひょっとして、馬鹿なんじゃないのかあいつ・・。

ほんと、二年前の俺にそっくりだな・・。


・・・もう一枚の、赤い文字で書かれた手紙を開けてみた。


冒頭の文句は、こうだった。





よお!暗黒の支配者、黒い雷こと、小春だZE!!






「パタンッ」(手紙を閉じる音)




・・・ごめん。俺には耐えられなかった。

笑いすぎで腹が痛くなったのは久し振りだった。





横のムラサさんが猛烈に心配していたが、
俺は何でもないと言い切った。



・・原文をそのまま書くと全く意図が読み取れないので、
要約した文をそのままムラサさんに読み上げた。




・・・多分、この手紙を翻訳できるのは世界に俺一人だと思う。


冗談抜きで、一種の暗号なのだ。


解読のステップその1!

笑いをこらえる。

その2!

多感な時期特有の言い回しを完全に把握する。

その3!

当て字や誤字を読み取る。

その4!

無駄な表現を全て省く。

その5!

かっこよく省略してるつもりだろうから、
究極に究極に行間を読む。





・・そんな気の遠くなるような作業をすると、
この暗号は無事に解読が出来る。




本人は絶対に真面目に書いてるけど。




「・・今日の正午、言いたい事がある。
 謝りたい事がある。だから、待って無くていい。
 せめて、やることだけはさせて欲しい。」



・・・勿論、原形をとどめていないが、そんな感じの内容だ。
・・自信は無いけど、二年前の感覚を信じろ俺。




ちなみに正午の訳は、

「古基、原初として在ル今紀の世界が、昨望の天頂ヨリ
 正半周を深遠に刻む刹那、更なる高みを臨む万物の中心の刻限」

・・・とあった。

・・・うん、多分正午だ。


古基(いにしえもとい)と読ませるのは二年前、
実際に俺が使っていた表現だ。



・・よし、手紙をとっておいて、二年後に彼女に見せよう。








ちなみに正午になったら、
玄関をロケットランチャーのようなもので
吹っ飛ばした子がいたので、手厚く刀を使ってもてなしました。



紺髪のぱっつんの子はその様子をにこにこ見ていた。








「・・・で、今日俺が言いたいのは、一つだけだ。」



皆が集う広間で猫耳の怪我をした少女が真剣な眼差しで語る。
彼女は喋っている時は、文章に比べると、とてもまともだ。



彼女は申し訳無さそうに、深々と土下座をした。




「・・・本当に、ごめんなさいっ・・・!!」



「・・それはわかった。
 でも、やらなきゃいけないことがあるだろ?
 さ、ゆっくりでいいから話してみてよ。
 何でこんな事をしたのか、これからどうするのかを。」




・・深々と下げられた頭に、俺は鋭く槍を入れた。
人のいい命蓮寺の人たちだ。


だからこそ、こんな状況で彼女達は追求しない。


でも、彼女には償うべきもの、やることがある。
自分だからこそ、そんな事が思える。


彼女が少し収まるのを待った。


暫くすると、ぽつりぽつりと話し出した。




「・・俺は、こことは別の世界の、ある科学者の家に生まれたんだ。
 そして、俺が13歳の頃、世界を一つ、自分で変えたかったんだ。
 そこで選んだのはここ。文明が未発達なここで、文明を伝えれば、
 伝導師として、この世界に大きな名前を残せると思ったんだ。」


・・・世界を変えたい・・・か・・。


・・いかにも、こいつの抱きそうな発想だ。
でも、気持ちは凄く良くわかる。

俺にも、ずっと、叶わなかっただけでそう思っていた時期があった。


「・・・続けてくれますか、小春さん。」


寅丸さんが、一旦切った小春に向けて、
表情を押し殺した声で言った。


小春は軽く頷くと、続きを話した。


「俺の親父が次元移動装置を作ったんだ。
 つまり、存在しているはずの『異世界』にいける。
 これを使って、その世界に飛び込んだ。
 ・・・もちろん、下調べは完璧だった。」



・・・なるほど・・だからここに来れたのか。



「・・・で、俺はまず広めようと最寄の村長に最新の機械を持って
 これを便利だから使えと広めた。結果は失敗だったけどな。
 ・・で、その結果、新手の妖怪と勘違いされて、仕方なく逃げた。
 俺は妖怪の山で立て篭もり、ひたすら防衛戦をした。
 極力村の者は殺さずに、他の村に移動させろと指示してな・・・。」



・・・・まさか・・この一連の動きは・・


「・・・という事は、千年前の同様の事件は・・・。」



「・・ん、ああ、多分そうだ。下見に行った時代がそれだ。
 ・・それで、次第に話が大きくなっちまった。
 ・・とうとう、俺が恐れていた『博麗の巫女』が出てきた。」


・・・間違いない・・。
あの時パチュリーさんに見せてもらった文献だ・・・!!

あの事件も、やはり彼女だったのか・・・。

彼女は嘘を吐いていない。
嘘なんか吐こうものなら、一瞬でわかる。

・・でも、そうにしては不自然な点がある。




「・・・なら、どうしてその博麗の巫女に決死の封印までさせたんだ?」


俺がそう尋ねると、小春は少し怪訝そうな顔で続けた。



「・・あの時の博麗の巫女は幼かったんだ。
 そうだな・・5,6歳といったところか・・・。
 それでも、俺といい勝負くらいは出来た。
 だから、ギリギリまで削って村に帰そうとしたんだ。
 でも、幼い故に彼女は話を聞かなかった。
 決死の覚悟で、最終封印をしたんだ。自分の命と引き換えにな。」


「「「・・・・。」」」




広間が水を打ったように静まり返った。





・・・あれは、ある意味事故だったのか・・・。


小春は・・・最初から侵略する気などなかったのだ。

しかし、博麗の巫女が挑みに来たからには相手をしなくてはならない。
でも、博麗の巫女はそんな小春の意図はつゆ知らず、全力で掛かった。

・・そして、勝てない事を悟り、
彼女は自らの命を犠牲にして小春を封印しようとしたのだ。


 
「・・・俺は避けようとしたが、それはしなかった。
 博麗の巫女が命を張っているんだ。
 ・・・だったら、そいつの名を守る為に封印されてやる。
 だから、俺は封印された。
 ・・だが、封印は思いの外強く、自力じゃ抜けられなかった。」



・・・え・・自力じゃ無理・・?
それならどうして今ここにいて、
こんな異変を起こして今に至るんだろうか・・。


・・・訊こうと思ったが、すぐに小春は続きを話したため
訊く手間が省けてしまった。



「・・でも、封印されてどの位経ったのかわからないが、
 外に出たいだろう、そんな事を持ちかける奴がいた。
 ・・そう、妖狗だ。晩秋、一度戦ってるだろ?」

「・・・ごめん、名前を言われてもわからない。」

「水色の髪で、紫の毛束がある犬のような奴だ。」



・・・その特徴を聞いた瞬間、ぞくりと背中に寒気が走った。

新月に現れ丙さんを圧倒し、
あの膨大な数字の刻印を植え付けた、途轍もなく強い奴だ。

優しい言葉の端々に異常な程の殺意と悪意を孕んだそれは、
頭の中に刻み込まれているかのようだった。


「・・・その顔はやっぱり、心当たりがあるみたいだな。
 まあ、そいつが刻印の仕組みを俺に言ってくれた。
 こうすれば、もっとうまく文明を伝道できると。
 ・・そんな経緯で、あの大切な人を失わせる刻印は完成した。」



・・・なっ・・!!



「・・・という事は、あの青年が・・・あんな仕組みにしたのか・・。」


思わず俺は彼女の肩を掴んで、そんな事を訊いていた。



「・・・一応そういうことになるな。
 最初は、刻印がゼロになると宿主が死ぬという案だった。
 ・・・でも、そんなの残酷すぎる。俺は反対した。
 だから、ゼロになったらこっちの世界に転送することにした。
 ・・そうすれば、誰も殺さずに精神的憔悴が狙える。」

「ちょっと待て!!今、ゼロになったら転送と言ったな!?」

「・・・ああ。全員もう、こちらに再転送したけどな。」



・・・あの人妖は・・・生きていたのか・・・。
そういえば、野狐のお父さんが帰ってくるって・・そういうことか・・。

みんな・・・誰も死んでないんだ・・・。



ほっと、安堵の溜息が出ると同時に、何だか力が抜けてしまった。



「・・・すまない、今ひとつわからない表現があるのだが、
 私達に、かいつまんでわかりやすく話してくれるだろうか・・?」


・・ナズーリンが少し疑問符を浮かべた表情でそんな事を尋ねた。


確かに、転送だの伝道だの、精神的憔悴だの、
わかりづらい現代的な単語がいっぱい含まれている。

流石に寺の人はわからないかもしれない。


「・・・えっと、それは・・・」
「それは私の口から後ほど話します。小春さま、それよりも・・」

「・・ああ。」

・・言おうとしたら、ぱっつんの子に遮られてしまった。

まあ、そっちのほうがいいよね。

しかし・・そのけしからん服装といい、体躯に合わないものを
備えている様子といい、彼女は一体何者なのだろうか・・?




・・小春は改めて皆の前に座り直した。


そして、こんな事を呟くように、
・・けれども、はっきりと言った。



「・・・俺は、過ちを犯してしまった。
 冷静に考えてみると・・大切な人を無理やり引き剥がすなんて
 絶対に間違ってるし、何よりも、俺なら・・・嫌だ・・。
 ・・だから、俺に何かの罪償いをさせて欲しい・・・お願いだ・・。」


・・・最後は、彼女は俯きながら言葉を繋いでいた。



・・・責任感あるんだな・・こんなでも一応・・。
ますます、以前の俺を見ているようだ・・。



・・彼女と一緒にいれば、帰りたいって気持ちを
失わずに済むかもしれない・・・・。


ここと元の世界のつながりを、
彼女は俺の中で繋いでくれている。




・・妖怪化の影響かもしれないけど・・

・・だんだん、帰りたいって気持ちが薄れてきている・・。




・・・じゃあ、彼女で俺の元の世界との
つながりを持たせるにはどうすればいいのか・・。



・・・こんな事を考えていると、その横で
寅丸さんはこんな事を笑顔で言った。




「・・・小春さん。あなたのした事は、間違ってます。
 でも償いたい。その気持ちは、正義です。愛おしいです。
 だから、私は毘沙門天として、あなたに罰を与えます。」



・・小春の表情が、ぱっと明るくなった。
それに合わせて、横のぱっつんの子も笑顔になる。



「・・今からあなた達は、この寺で生活してもらいます。
 それも、ここの人のお願いを一つずつ、聞いた上でです。」


「・・・お、おう・・!!」



・・・寅丸さんは、こんな事を提案した。

小春はこくこくと、それを受け入れた。


・・・って、マジで!?

だって・・俺と彼我さんと・・ぱっつんの子と小春で、
合わせて四人、最初より増えることになる。


・・・客間は確実に追い出されるだろうな・・。



そんな不安を頭に抱えていると、
寅丸さんはその横で続けた。


「・・・では、私から言います。
 これから命蓮寺の増築を行うので、お手伝いしてくれませんか?」


小春は笑顔でこくこく頷いた。

・・って・・


「えっ・・命蓮寺、増築するんですか!?」


思わず聞き返してしまった。
・・そんな話、予想もしていなかったのだから。


「はい、しますよ。リアさんの部屋も新しく作る予定ですよ。」
「・・ええええっ!!??いいんですかっ!?」


命蓮寺に・・・俺の部屋が・・・!!?

なんだか・・悪い気もするけど・・。
・・これって・・・凄く・・・嬉しい・・!!



「・・・ありがとうございますっ!!寅丸さんっ!!」



寅丸さんはいえいえ、と軽く笑ってみせた。

ここの人って・・本当にあたたかい・・・。








「・・・じゃあ、今日私食事当番なんだけど、代わってくれる?」


ムラサさんが不意にそんな事を持ちかけた。 
あれ、小春、料理作れたっけ・・・?

小春は軽く額に汗を浮かべながら、頷いた。


そう、彼女に否定権は無いのだ。
作れないな・・こいつ・・・。










・・・みんなが思い思いの願いを言って、最後に俺の番になった。




俺は、こんなお願いをした。



「・・・そうだな、お前は俺の事を『秋兄』と呼んでくれ。
 俺は『コハ』って呼ぶから。」

「・・何でお前だけ私欲剥き出しなんだよ!?
 シスコンのど変態かっ!!」



・・小春の鋭いツッコミが飛ぶ。

・・でも、もちろん・・・。


「・・よろしく、『コハ』。」



否定権など、彼女に無い。



「うっ・・・よ・・ろしく・・あ・・・あきにぃ・・・。」


・・彼女は顔を赤らめて、恥ずかしそうに、
蚊の鳴くような声で返した。







こんな事をお願いした理由。



それは、「妹」としてのつながりで自分を客観視して、
元の世界の自分と彼女を一本線で結びたかったからだ。












・・・今日から、ここは賑やかになりそうだ。




つづけ