東方幻想今日紀 九十話  大切な話が台無し

「・・・では、今起こっている事を言います。
 これから話すことは全て事実です。よく聴いて下さい。」


しんとした広間に命蓮寺の全員が集まった。

そして、卓袱台の前で両手を後ろ手に縛られて、
更に重々しい錆色の腕輪をはめられている頬っ被りの少女が
とても真剣な眼差しでとても真剣な内容を喋っていた。

無駄に可愛いから困る。


・・そのシュールな光景を目にして笑いを飲み込めている俺は
恐らく国民栄誉賞ものなんじゃないだろうか。

・・常人だったら二秒と待たずに笑死できる。



ちなみにナズーリンが猿轡まで着けようとしたので制止した。
喋れないのもそうだが、拷問か特殊プレイとしか思えない。

彼女は絶対に敵に回してはいけないと思った。



そして皆黙って聞いています。


おまえらおかしいだろ。


・・・とりあえず内容は真剣だから聞き漏らさないようにしなきゃ・・。



「・・・通常人妖が死ぬと霊魂はこちら、冥界に来ます。」


・・・え?




聞きなれない単語が。・・え?



「はい質問。」
「どうぞ。」




「冥界って何ですか?」
「今説明したじゃないですか。」



物凄く真面目な問答になった。


ごめんなさい。何かは知ってるんです。
あったことに驚いただけです。


・・・まあ、ここは幻想郷。冥界があっても不思議ではない。
ただ、死んだら無ではなくしっかり行く場所があるんだな・・。


そう思うと少しだけ、気が楽になった。



「・・続けますね。
 ・・で、現世での霊魂消失の報告は一気に増えているのに、
 明らかにその数がこちらに来る数より多いのです。
 数にして15.6倍程度でしょうか・・・。」


・・・ん?ということは・・・まさか・・・。




「それは全て・・・霊魂ごと消失したと・・・。」




寅丸さんが緊迫した空気の中、重々しく口を開く。




「・・・その可能性が・・高いのです・・・。
 いずれにせよ、輪廻転生が出来なくなり、
 現世と冥界の中立が崩れてしまいます・・。」


眉をひそめて苦々しく言う頬っ被り、手枷の少女。


・・・あの刻印だ・・!!




0の刻印が移った野弧のお父さんは陽炎のように消えた。
彼女が抱き締めようとしたら虚空を両腕で切っていた。

そうだ・・・間違いない。



あの刻印は霊魂ごと消し去っていたのだ。



つまりあれは・・第二の人生まで奪うもの・・だった・・。

・・いや、もっとだ。輪廻転生は無限にするから、
第三、四、それ以降の人生も奪うことになる。

・・・そして、残された家族が絶望に陥る。



・・犯人はそこまでして得たい物なんてあるんだろうか?



・・・いや、そんな物があるわけが無い。



事態は思いの外切迫していることがわかった。

・・この刻印異変は幻想郷全体に関わる。



「・・・何か手立てはあるの?」

ムラサさんが神妙な顔つきで妖夢さんに問う。
慣れとは怖いもので、もう妖夢さんの姿は笑えなくなった。



「・・だから私は冥界から現地調査をしに来たのです。
 しばらくここに泊めていただけませんか?」


頬っ被りの少女が笑顔で言う。
なるほど、現地調査か・・それなら納得だ。


泊ま・・・・


・・そろそろ命蓮寺は増築が必要だぞ。



そもそもどこに泊める気だろうか・・・。
まさか・・客間・・・とか・・・?


いやいや、何を考えているんだ俺は。
そしたら俺は広間で寝ることになるだろ。


雑念に駆られているとぬえが口に手を当てて言った。


「そう言えば寝袋は物置にあったな・・・破れてるけど。」
「・・殺す気ですかっ!?」

妖夢さんが血色を変えて突っ込む。
ぬえの目は本気だった。

ナズーリンといい、ぬえといい、
どうして外の人ににきつく当たるんだろうか・・・。


二月の晴れた日の夜に外で寝るとか自殺行為だろう。
そのくらい知ってそうだけどなあ・・・。


「・・まあ、それはさて置き、
 妖夢さんは客間を使ってください。
 ・・いいですね?リアさん?」


聖さんはこちらと妖夢さんを交互に見て、優しく言った。


俺は渋々頷いた。


・・・はあ。やっぱ俺が広間か・・。
まあ、しょうがないよね。居候だし、文句言えるはずが・・。


「・・ちょっと狭くなると思いますが・・すみません・・・。」



って・・・え?















「うわ・・・手真っ赤じゃないですか・・・。」
「あ・・まあ、仕方無いですよ。泥棒みたいだったようですし・・。」


いったいどうしてこうなった。



今晩は客間を二人で使うそうです。
狭さという点では前に彼女より大分体格の大きい命蓮さんと
一緒に寝泊りしたことがあるので大丈夫です。


一番の問題は組み合わせです。





恐らく命蓮寺の人は男子高校生というものをわかっていない。
なんで少し年下くらいの可愛い子と一緒に泊めるんだよ。

嬉しいけど嬉しいけど・・嬉しいけど・・。

・・うん。嬉しい。






・・彼女の縄を解き、腕輪を外した。頬っ被りも取ってあげた。
あと外に行ってスコップで刀を二本掘り出した。地味に大変だった。

柄まで地中に埋める程深く刺すとか
どういう神経してるんだろうあのネズミ・・。



食事を終えた後、いよいよ寝ることになった。



勿論一緒に寝るなんて無粋な考えは少ししかありません。
・・・でも、それにしたって・・・


「あのー・・・もっと広く場所を取ってくださいよ・・。」
「いいんですっ・・。狭いでしょうから・・・。」



・・・困った。

普通こういう状況ならせめて部屋の端と端に寝るものだろう。



・・・彼女は部屋の隅で布団を四つ折にして体を丸めているのだ。
ハムスターか何かみたいだった。

可愛いのだが、凄く不憫にも思えてくる。


狭いから、とかではなくそんな体勢では普通寝れないだろう。


・・もしかしたら防御体勢かもしれない。
見知らぬ男と一緒に寝るのだ。当たり前だろう。


・・そうだとしたら、彼女の不安を取り除くしかない。


妖夢さん。」


「・・はい。」


俺は彼女を呼び、こんな事を提案した。



「・・・俺を出来るだけきつく縛ってくれませんか?」



俺が動きを取れないようにすれば彼女は安心して眠れるはずだ。
・・・血流が心配だが、彼女の精神的な健康を考えれば
そのくらいの犠牲は当然だ。




「・・・そういうの・・・お好き・・なんです・・か?」



いかん。変態と思われている。



・・彼女は引き笑いだった。いや、引いていた。
何か途轍もなく大きな不安を新しく彼女に植え付けてしまったようだ。

思いやりをちぎって投げられた俺は
意気消沈して妖夢さんに腕を縛ってもらった。



どういう事か、すぐに抜けられそうなくらいかなり緩めに縛られた。
そして複雑な表情をした妖夢さんは印象に残った。



・・・妖夢さんは相変わらず丸まって隅で寝ていた。


一体思いやりとは何だったのだろうか・・・。




・・複雑な思いで俺は明かりを消した。




・・明日はナズーリンと材料集めの続きだ。
そして、その後永遠亭で納品。


・・朝早く起きなきゃなあ・・・。

ナズーリンは結構早起きだからな・・。



・・そんな事を考えつつ、俺は布団に潜り込んだ。


小さな寝息が部屋の隅から聞こえたのを確認すると、
俺はほっとした気持ちになった。

少しは報われたのかな・・・。


疲れていたので、そこから眠りに落ちるまでは凄く早かった。




つづけ