東方幻想今日紀 八十九話  lose a chance

「はあ・・・拍子抜けだな・・・。」
「うん・・・まったくだよ・・。」



俺とナズーリンは妖怪の山の麓・・・の近くの林道、
命蓮寺の帰り道をとぼとぼと移動していた。


・・・あの後俺達は雛さんに言われた妖怪の山の中腹、
南側の例の場所に行った。


そこには霊夢さんと対峙している、
小さな狸のような生き物が居た。
暗くて良くわからなかったが、きっと狢だろう。


暗い林道で小動物を追い詰める一人の少女。


どう見てもその光景は動物虐待の現場そのものだった。




だが、その狸のような動物は、
近寄ってきた俺達を見ると高く跳んで、空中で光って消えた。




・・・恐らく逃げられたのだと思う。





しかし光った瞬間、その動物は不可解なものだとわかった。


まず、耳はほとんど猫のような立ち耳だった。
しかし顔立ちはほとんど穴熊、つまり狢そのものだった。
尻尾は狐のようなものだった。

そして、何よりも一本角があり、
その角から蒼白い光が出ていた。

そのうえ目の下には赤い横ラインが二本入っていた。
恐らく毛ではない。


鬼火は纏っていなかった。


あれは一体・・・。







もうひとつ気になることがあった。


夜の妖怪の山は何もいなかったように静かだった。




・・そう、まるで全てが停止しているかのように・・・。





・・・そして、その後がっつり霊夢さんに怒られた。
あんたのせいで逃がしちゃったじゃない、と。


何故か俺だけに。



それもそのはず、霊夢さんが怒る直前に
ナズーリンは逃げたからだ。



・・・あのネズミ、そろそろ殴ってもいいんじゃないかな。




ちらっとナズーリンを見た。

彼女は涼しい顔で視線を返し、こう口火を切った。


「・・まあ、結局どちらも危険な目に
 遭う事が無くて良かったじゃないか。」

「・・まあ・・・ね。」


確かに、霊夢さんは結果、危険な目に遭うことは無かった。
自分達も決して戦闘能力は高くないので、
結局あれで助かったのかもしれない。


うん。結果オーライ。


「・・まあ、逆に言えば異変解決の機会を
 あれで失ったかもしれないのだがな・・・・。」

「うっ・・・。」




・・それは確かにそうだ。
もしかしたらあのまま俺達がちょっかいを出さなければ
霊夢さんは何事も無く異変を解決していたかも知れない。


・・でも。


「・・でも、相手はかつて博麗の巫女を葬った奴かもしれない。
 だとしたら、霊夢さんに勝ち目はあったのかな・・?」


「先代の巫女を!?その話、よく聞かせてくれ!」

「え・・ああ・・うん。」


俺がボソッとつぶやくように言うと彼女は歩みを止めて、
食い付くようにして聞いてきた。


ちょっと面食らったが、
俺は彼女にパチュリーさんに見せてもらった
過去の同様の事件の話をした。

長くなるので歩き始めてから。


千年前、妖怪の山から同じ様に獣妖怪が湧いてきた事。

大量の被害をもたらしたこと。

博麗の巫女がその異変の解決に当たったが敵わず、
結局その命をかけて元凶である狢を封印したこと。


そんな事を彼女に話した。




彼女は神妙な顔で聞いていたが、
途中から何か言いたそうな顔をしていた。


話を終えると、待ってましたとばかりに彼女は口を開いた。




「それは・・・恐らく誰かがその狢の封印を解いたから
 今回の異変が起こったんじゃないか?」


「・・・確かにそうだよね・・・。
 博麗の巫女が命を懸けた封印が
 数百年で解けるはずが無いからね・・。」


文献では数百年前のこと。でも、数百年は長いようで短い。
人間なら10回世代交代すれば到達してしまうし、
妖怪なら生きている間に経てしまう。



・・あれ?何で俺は人間なのに
どうしてこんな俯瞰した考えが出るんだろうか・・?


・・・考えても仕方が無いか。
今は明日に備えて早く命蓮寺に戻ろう。


それに収穫だってあった。

あの狢は恐らく今回の異変の黒幕だ。
そして、その出没場所もわかった。


・・・だから、また機会があったら逃さずにすればいい。


・・・とは言っても、タイムリミットがある。
二十八週間。約半年だ。

その時までに解決しなければ・・・・。



そう決意を固めると、俺はゆっくりと顔を上げた。


「・・・考え事は終わったかい?」

「ふわっ・・!?」



気が付くとナズーリンが姿勢を低くして
俺の顔を覗き込んだ。



・・予想だにしていなかったから凄くドキッとしてしまった。


「ふふっ。邪魔してしまったかな?・・もう命蓮寺だぞ?」


悪戯っぽい微笑を浮かべながら
口に軽く手を当てるナズーリン


・・・なんだろう・・すごく・・・





「・・かわいい・・・・。」


「・・ふえぇっ!?」



今度はナズーリンが突然目を見張って肩をすくめた。
暗かったが、月明かりに照らされた
彼女の頬はほんのり赤みが掛かっていた。


・・・あれ?急にどうしたんだろ・・?
俺何か言ったかな・・・・?


「・・・い・・いきなり何を言っているんだ君は・・。」


え・・?


「俺・・何か言った?」

全く記憶に無いんだけど・・。
しかもかなり動揺している。


「・・い、いや、何でもない!」


軽く手を振って俺を制する彼女。
・・まあ、それならいいんだけど・・。


・・・面を上げると命蓮寺の正門が見えた。



・・また帰ってこれたな・・・。


何だかやっぱりここは別格だ。
第二のふるさと、というかもう自分の家のような温かさがある。



・・・一時的に宿を借りてるだけなのにね。


早く・・・早く帰らないと・・・
本当にここを出たくなくなっちゃう・・・。



「・・・ん?」


・・・そんな気持ちで正門をくぐると
庭の方に動く影があった。



ナズーリン・・・あれ・・・。」
「・・・リア。君はそのまま追いかけてくれ。
 私は裏から挟み撃ちにする。捕まえよう。」














「私は怪しい者じゃありませんっ!!」


「うるさい。黙れ夜盗。」




・・・緑色の服、白髪の少女を捕まえた。
しかも二本の刀持ち。頭にはリボンつきのカチューシャ。

・・・しかも何でだろう。


思い切りマンガの泥棒のする頬っ被りをやっていた。
ずっと笑いをこらえるのに必死だったが、
もう笑ってもいいだろうか。



さらにその少女は怪しい者の常套句を口にしていた。




俺が追いかけて彼女が逃げている所を
ナズーリンがロッドの角を使った
鮮やかな動きで拘束してそのまま後ろに投げたのだ。

彼女は受身を取ったが、ナズーリンはロッドで足を捕らえ、
そのまま引き倒して片方のロッドを首に付きつけ、
もう片方で素早く押さえたのだ。


・・その一方的な様子は酷いの一言に尽きる。



頬っ被りと言い方とあっさり捕まる様子から
どう見ても悪いやつには見えないんだけどなあ・・・。


刀を二本持ってるのは気になるけど・・。



そのナズーリンに乗られて下になっている少女は
尚も声を大にして言う。


「私は白玉楼の庭師の魂魄 妖夢です!
 あなた達命蓮寺の方に話があるんです!」


・・・やばい。突っ込みどころ満載だ。


何で大切な話のある使者が泥棒の正装(?)をして
夜に忍び込んでくるんだよ・・。

・・しかし白玉楼ってどこだ・・?聞いたことが無いな・・。


「・・・なるほど。白玉楼の庭師か。
 ・・信用した。刀をここに置いてくれ。
 リア。向こうから三号縄を持ってきてくれるかい?
 腕を三重に縛る。あと妖力を抑える腕輪も。」




サクッ



ナズーリンはそう言うとその二本の刀を深々と地面に刺した。
鞘ごと柄まで埋まっている為、もう取り出せる状況ではない。




違う。それは人を一ミリでも信用した態度じゃない。




「・・うん。」


俺はドン引きしながら引きつった顔の
妖夢さん(?)と悦に入っているナズーリンを後にして
命蓮寺の台所に向かった。


・・・あのネズミ、容赦無いなあ・・・。


あんなに生き生きとしたナズーリンの顔は久々に見た。






そんな事を考えつつ、命蓮寺に入って
指定された三号縄を探した。


「あ・・・これかな・・・うわっ・・。」




「三号」と書かれた縄は一番太いやつだった。





あのネズミ容赦無いなあ・・・(二回目)



妖夢さん、がんばれ。








つづけ