東方幻想今日紀 八十八話 懐かしい面影

寝転がろうとして頭を後ろに倒したら
切り株は受け止めてくれなかった。


視界には反転して夕焼けの空と
草原が逆転している世界が映っている。

この体勢、実は首と喉が痛い。


ナズーリンが横でそれを見て笑っている
様子が見えないながらもなんとなく感じ取れた。



・・・しかし、そんな状況を忘れさせるものが視界に映った。




・・・反転した見覚えのあるフリルスカートが
視界の向こうに映る。

結構遠いが、一目でそれとわかった。


しばらく息をするのも忘れて、その懐かしい光景を眺めていた。



そして、俺ははっとした様に首を跳ね上げて起き上がり、
切り株を降りた。


「・・ごめんナズーリン、ちょっと待ってて!!」

「えっ・・ああ・・。」


ナズーリンが軽く面食らったような反応をしたが、
含みを持った表情でそれを受け入れた。

少しだけ何かの感情を押し殺したような
顔をした気がするが、気のせいだろう。




俺は弾かれたように例の場所に向かって歩みを始めた。


いや、歩みを始めたと言うと語弊がある。

駆け寄ったと言った方が適切だ。







「・・雛さんっ!!」
「ひゃいっ!?」


後ろから大声で呼びかけるとその懐かしい人は
ビクンと大きく体を震わせて、素っ頓狂な声を上げた。

あ・・・そういえばこれじゃ不意打ちだな・・・。


「・・ご・・ごめんなさい・・・
 あの・・でも覚えてますか・・あの時の・・・」

「・・・あっ!!あなたは・・・!!」


フリルをリボンを頭にあしらった
深い緑の長めの髪を束ねた
あの時の少女は緑色の澄んだ目を丸くした。



「そうです!!あの時の外来人です!!覚えてますか!?」


つい嬉しくなって声が弾んでしまった。
三ヶ月越しなのに覚えててくれた。


「・・やっぱり、あなただったのね・・・。
 声を聞いて一瞬だけ、そうじゃないかと思ったんだけど、
 まさか本当にあなただったとはね・・・。」

「はい!お久しぶりですね雛さん!」

はふう、と彼女は感慨深そうに溜息をついた。
そして、優しい目で俺を見ると一つ問いかけをした。


「ところで、今はどの辺りで暮らしているの?
 まあ、勿論ここで自給自足出来るわけも無いから・・。」

あ、そうだよね。
幻想郷は人間が単独で生きる事が出来るほど優しい土地ではない。


「今は命蓮寺で帰る方法が見つかるまで居候という形をとってます!
 まあ・・・今のところ帰れそうな手段が見当たらないんですがね・・。」


彼女は頬に手を当てて嬉しそうな表情をした。


「命蓮寺・・あそこなら安心ね。人妖問わず受け入れる位だから。
 ・・・ところで、博麗の巫女にはもう会った?」


・・恐らく霊夢さんの事だろう。
でも、霊夢さんの事を聞いてどうするつもりなんだろうか・・・。


「ええ、会いましたよ。どうかしましたか・・・?」

俺がそういうと雛さんは
少しだけ迫真に迫った表情をして訊いた。


「人里で起こっている、刻印の異変は・・・知ってる・・?
 四足の鬼火を纏う獣・・・人に伝染する刻印・・。」


・・知らない訳が無い。
というより、今まで散々それに惑わされてきたのだ。


「・・・はい。全て・・・知ってます。」



でも、それとこれに何の関係が・・?



「そう、それなら話が早いわね。
 実は・・さっき博麗の巫女が異変の元凶がこの妖怪の山に
 あると得意の勘で動いてて・・ここから少し離れたところで
 原因を探ってるわ。もしかしたら解決するかもしれないわ。
 ・・・それに、元々獣妖怪の湧く場所は決まっている・・。
 そこが・・・・妖怪の山の奥、南の方よ。」


えっ・・・?異変が・・・・解決・・する・・?

俺はその言葉を信じられない様子で聞いていた。
だって・・・あんなに滞っていた異変が解決するなんて・・。

この刻印も消えて、二億の人妖も助かる・・・!!



・・いや・・・でも待てよ・・?


その時脳裏にどこかで読んだ
とある記事がフラッシュバックしてきた。



今回の異変と同様の事態を引き起こした化け狢・・・。
犯人は同じ可能性が高い。

その化け狢は・・・かつて先代の博麗の巫女すら葬った・・・。


・・・まずい。霊夢さんの身が危ない。
足手纏いはいらないと言い張っていた霊夢さんのことだ。

一人でその狢に挑んでいるかもしれない。


・・・よし。



「雛さん、ありがとうございます。
 またお会いしましょう。」

「えっ・・・あれ、もう行くの?
 ・・・元気でね・・・?」

「はいっ!」


もう辺りは暗くなってきている。
太陽は完全に沈み、夕闇が辺りを包み始めた頃だ。


とりあえず俺は雛さんに別れを告げ、
向こうで待たせているナズーリンと合流した。



・・・が。



「・・あれ?怒ってる?」


俺が戻ってくると
退屈そうに切り株に座っていたナズーリン
目を細めてこちらをじっと見つめてきた。
明らかに疑惑の目だ。

そして、不満そうに声をこぼした。


「・・・随分と親しげにしていたが、今の人は誰だい・・?」

「えっ・・誰って・・・この辺の厄神さん。
 彼女は幻想郷で俺が最初に会った人なんだ。」


「ふうん・・・・。」


ナズーリンは表情を変えずにそれを流した。
いかん。何だか知らないけど確実に怒っている。

俺・・何かしたかなあ・・・?

考えても原因が思い当たらない。



「・・・何で怒ってるの・・・?」

「・・別に、怒ってなどいない。」


つまらなそうにぷいとそっぽを向くナズーリン
・・いや・・これは怒っているだろう・・・。


「・・・とにかく、今日は遅いからもう一緒に帰ろう。
 妖怪の山は夜になるとより一層物騒になるからな。」


ナズーリンが声調を変えずに提案する。

・・・普段なら乗っかるところだが、今日はそうも行かない。


「ごめん・・・先に帰っててくれる・・?」


そう持ちかけると彼女は信じられないといった様子で目を丸くした。
そして、更に不機嫌そうな顔になった。


「なっ・・・私とは帰りたくないという事か・・!?」


まずい。かなり酷い誤解をされている。
しかも声には珍しく悲壮感が篭もっていた。

必死で何かを抑えているような声。

早く弁解しないと・・・!!


「ナズ。実は・・・・」


俺は霊夢さんが一人で無茶しているらしい事を話した。
異変を解決したいから、博麗の巫女である霊夢さんが危険だから、
そんな事も交えて話した。


それを話すと彼女は溜飲が降りたらしく、
怒りのような、悲しみのような表情は消えたものの、
その顔は不安気な表情に変化した。


「・・・どうしても・・・行くつもりかい?
 博麗の巫女よりも・・・強い敵と戦うかもしれないんだぞ・・。
 私達には博麗の巫女は直接関係無いんだぞ・・・?
 そんな・・・他人のために君は命の危険を冒すのか・・?」

「・・・う。」

訴えかけるような彼女の紅の瞳は少しの迷いを生み出したが、
自分の決めたことに狂いは無い。


「・・ごめん。・・・もう行くと決めたんだ。
 ・・俺は、刻印の異変を解決して・・・もう、命蓮寺の皆が
 いなくなる恐怖を抱えたまま生きたくないんだ。
 霊夢さんも・・見殺しにしたくない。
 ・・・そしてこの悪夢を・・・断ち切りたいんだ。」


俺は腰の刀を指先でトントンと叩き、
彼女をまっすぐ見据えてこう言い放った。


「・・・・そうか。」



彼女は少し思案して、間を持ってこう言った。




「・・・じゃあ、私も一緒に行こう。
 ・・・どうせ君一人だと役に立たないだろうからなっ。」



彼女は軽く微笑んでこんなことを言った。
彼女の目も、何かを決意した表情を持っていた。



ナズーリン・・・。」







夕闇は、いよいよ暗闇に差し掛かろうとしていた。




つづけ