東方幻想今日紀 八十七話  懐古と再開

俺達は薬の材料、強いてレベル分けをするなら一番低い区分、
主に薬草を捜しにナズーリンと妖怪の山に来ていた。


今は妖怪の山の麓、天気は絶好の快晴。
白い千切れ雲がちらほらと空に点在している。


・・・そう、ここは俺が初めて幻想郷に来た時の場所。


俺が交通事故にあったあの日、五月だった。

しかし来た時のここは十一月くらいだろうか?
若干薄寒く、空気が若干乾燥していた。

今思うと、半年気絶していたのか、半年後に飛ばされたかの
どちらかではないだろうかと思う。

そして、そんなこんなで三ヶ月が経っていた。
恐らく二月。しかし連日の晴れ間で雪は完全に溶けていた。


木々が寒さに吹かれ、それに抵抗している。

そう、あの記憶にまだ新しい林道の景色が
今目の前に広がっているのだ。


あのとき雛さんに護衛してもらって、
この世界の事をざっくり教えてもらって・・。


もし会えたら無事を伝えてお礼を言いたいな。



「ところでリア。」

「ん?」


空を見ながら考えていると、
不意にナズーリンが話しかけてきた。



「何を捜すのかわからないと何も出来ないから
 材料が書かれた紙を見せてくれないか?」

「あ、うん。ちょっと待ってて・・。」




そういえばあの紙、自分も途中で読むのをやめたんだっけ。
でも探し切るからにはやっぱり全部把握する事が必須条件だし。
うん、近くに専門家も居るから大丈夫だ。


俺は懐から紙を取り出し、自分より少し右に出して広げた。
彼女がそれを覗き込むようにして見る。

淡く光る灰色の髪と黒髪が僅かに触れている。
かなりどぎまぎしながら紙に目をやった。


糸瓜(へちま)

甘草

福寿草

藜(あかざ)

蓼(たで)

玉露

桂枝(シナモン)

青梅


「ふむ・・・主に薬草だな。
 季節ではない物もあるが、問題あるまい。
 人間が収穫物を取っておく保存に優れた場所があるからな。
 あそこならどの季節の物も取っておいてあるからな。」


ナズーリンが口許に指を軽く当てこう言った。


さすがダウザー。
そしてネズミ。

村の人間の行動とか倉庫の場所とか良く知ってるなあ。
ぶっちゃけ泥棒な気もするけど多分大丈夫だよ・・・ね?

寺の者としてそこはどうなんだ、というのもあるけど、
今は幻想郷中に関わるから置いておこう。



鈴蘭の根

朝鮮朝顔

馬酔木(あせび)

走野老(はしりどころ)

鳥兜(とりかぶと)

漆の樹液



いわゆる強い毒草ゾーンだ。

よく見ると文字の色が黒から濃い紺になっている。
恐らく採取難易度だろうか・・?


ナズーリン、いけそう?」

「当たり前だ。しかし・・・随分ときつい物を使うんだな・・。
 まあ、致死の怪我を一晩で治すからにはこれでもまだ弱いとは
 思うんだがな・・・・。」


彼女は思案顔でつぶやくように言った。
顔がかなり近いから心臓が高鳴っているのが自分でもわかる。

・・いかんいかん。この先をしっかり見よう。


気を取り直して紙をひっくり返した。


そこに羅列されていたのは紫色の文字。



妖精の羽

極楽蝶の尾

飛燕の嘴

妖獣の尾

雄鶏の鶏冠

小神霊

蠑螈の黒焼き

「う”っ・・。」


ナズーリンが面食らったように呻く。
かなり顔が引きつっていた。眉間にはしわが寄っている。
正直、自分もどん引きだった。


「これは・・・・無理じゃないんだが・・・きついな・・。」
「・・・やっぱり・・?」


さっきとはきついの意味が違う。

毒ではなく、採集難易度がだ。



・・・ん?

よく見たらまだ続きがある。




もう少し下に、赤い文字で材料が書かれた欄があった。


海水

鰹の烏帽子



「えっ・・・・?」
「・・・あれ?」



多分、区分で言うなら採集難度最高レベルだろうか?
・・しかし、書いてある材料が余りにも陳腐な気がする。

鰹の烏帽子はともかく、すぐに海水は見つかるだろう。


・・ところがナズーリンの反応は思いもしないものだった。


「・・どちらも聞いたことが無いな・・・。」


腕を組み思案顔で彼女はボソッと呟いた。


えっ?えっ・・・?

まさか海水を・・・・知らないの!?
これは意外だ。結構博識な彼女が海水を知らないなんて。

・・この近くに海が無いのだろうか?

だとしたら仕方が無い。


だったら俺が教えてあげればいいんだ。
教えられっぱなしだったし、もしかしたら見直してくれるかもしれない。


俺はやれやれ、とわざとらしく溜息を吐き、
人差し指をぴんと立てて説明をした。


ナズーリン・・海水っていうのはね・・・海の水なんだよ。」


やばい。海水を説明しろといったらこれしかない。
そしてこんな幼稚な教え方になってしまった。

・・・よくよく考えたらナズーリンはプライドが高いから
もしかしたらかなり苛立つかもしれない。


・・けれども、そんな心配は杞憂に終わった。



「うみ・・って・・何だい・・?」


不思議そうに首をかしげつつ尋ねるナズーリン
その疑問に満ちた紅の瞳を直視していると、
ある嫌な推測が頭をよぎった。



ーーー彼女が海を知らないのはこの世界に
   海が存在しないからではないだろうかーーーー



・・・だとしたら。



「いや・・・・何でもない。」



存在しないものを・・・集めろという事になる。

博識な彼女のことだ。
更にダウザーという仕事柄、幻想郷中のどこへでも飛び回る。
幻想郷のほとんどの地理を把握している。

・・そんな彼女が海を知らないはずが無い。


・・名称が違うだけという可能性も考えたのだが、
材料リストの表記と同じだからそれはありえない。


つまり・・・存在しない物だから
どの素材よりも採取困難という事になる。



・・なるほど、納得した。
だから赤文字で最後の方なのか。


・・・じゃあ、鰹の烏帽子は・・・?


鰹に烏帽子は無い。存在しない。
ばっさり切り捨ててしまえばそんな感じだ。

でもそれだと先へ進まない。

ちょっと考えてみよう・・・。



鰹の烏帽子・・・カツオノエボシ・・・ん?

同名の猛毒クラゲがいたなそういえば・・・。


でも、やっぱり海の生き物だし、そもそも季節は秋だ。
今は初春、秋には程遠い。

なるほど、こちらも採集はほとんど不可能か・・・。




・・よし。決めた。



「とりあえず、集められるだけ集めちゃおう!」




俺は彼女に向き直り、笑顔でこう言った。
彼女はフッと笑みを作り、軽く頷いた。




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「・・・よしっ!!これで薬草類は揃ったな!」



軽く日が傾き、山の端に太陽が差し掛かろうとしていた頃、
薬草系、第一列九種類までの採集が終わった。


「・・・おや?随分と憔悴しているじゃないか・・。
 ・・・以前体力には自信があると言ってたろう・・?」

「・・うん、ちょっと・・・休もう・・。」


全く、君という奴は、と彼女は言いつつも
近くの切り株を見つけてくれた。

そこでしばしの休息を取ることにした。


・・・全然想像もしていなかった。


はっきり言って彼女と
ゆっくり談笑しながら捜すものだと思っていた。

しかし現実は甘くなかった。

野草の群生場所が案外遠く、彼女は頻繁にダウジング棒と
首から提げているペンデュラムを使って、
しばらく辺りを無言で探ったかと思うと、「こっちだ!」と
大きな声を上げて物凄い速さで走る。
お目当ての物が見つかると矢継ぎ早に次の物を探っていた。

途中、何度か弱い妖怪の襲撃にも遭った。

忘れていたがここは妖怪の山。
かなり危険度は高く、野良妖怪が数多身を潜める場所だった。

その度に刀を取り出し、切れ味を見せて脅し、戦闘を回避した。

怯まない妖怪がいたため、一度全力で逃げた時もあった。


その為、猛ダッシュと急停止を長時間連続でやったため、
足腰にかなりの疲労が溜まっていた。


切り株に座って大きな伸びをして、そのまま後ろに倒れた。


・・・が。



「うわああああ!?」


仰向けになるつもりが、切り株が小さかったため、
頭ががくんと下がり、切り株の横、地面付近の位置になった。

ナズーリンがくすくす笑っていたのが
なんとなく気配でわかった。

ぐるんと林道の視界が反転した。


茜色の空が地面、草色の大地が空になった。



「・・・ん?」



そして、草色の大地の先、木々の根の間に
どこかで見たフリルスカート、ブーツが視界の端に映った。



あれは・・・・・






つづけ