東方幻想今日紀 九十一話  材料集め二日目

・・・ここはどこだろう・・・。




見渡す限りの砂漠。
空は一面赤い絵の具をこぼしたような色に染まっている。


ところどころに骸骨が散らばっていて、とても不気味だ。
空には鳶のような大型の鳥が多数輪を描いて飛んでいた。



風が生暖かく頬を撫でる。

空気が澱んでいる。とても生臭い。
立ち込める臭気は思わず鼻を覆いたくなるほどだった。



・・どうして俺はこんな所にいるんだ・・?


「ん・・・?」




あれは・・砂嵐・・・?



遠くから巨大な砂嵐が迫って来るのが
はっきりとわかった。



「・・・速い・・・!?」



逃げ切らなきゃ・・!!
でも・・・どうやって・・・?



そうこうしている内に砂嵐は俺の目の前に迫った。


「やだ・・・っ・・・!!やだっ・・!!
 うああああああ!!??」


砂嵐に飲み込まれた、そう思った瞬間、
体中を激痛が襲い、
天地が激しくひっくり返り、戻りを繰り返す。

頭はぐわんぐわん揺さぶられ、脳が口から出そうだった。


細かい砂粒は体中に当たり、
呼吸するたびに肺が痛めつけられていくようだった。



いよいよ痛みは絶頂に達し、
喉の奥から何もかも搾り取られるような感覚が
全身を激しく打ち付ける。




「ううああああああぁあああぁぁあっっ!!!!」






ガバッ





・・・あれ。



「・・うふふっ。やっと起きましたね?」





目の前には片方の目を包帯で覆った飛び切りの笑顔の少女。
周りを見回すといつもの客間。

一つの布団は綺麗に畳んで隅に重ねてあった。



・・・うまく動かない頭を頑張って回転させる。




「・・・なんて物を見せてくれたんですか・・彼我さん・・。」





彼我さんはとんでもない悪夢を見せてくれた。

・・そもそも彼我さんの見せる夢は普通の夢とは違う。

そこにあるものがとても生々しいのだ。
痛みも匂いもしっかり感じるし、はっきりと記憶に刻まれる。


なるほど、夢を極めた夢魔というだけはある・・。




おかげでかつて無いほどの最悪の寝起きを体験できました。



「・・・リアさん、そんな顔で見つめられても困ります・・。  
 あなたが起きるのが遅いのでナズーリン
 痺れを切らしていましたよ・・?
 だからこんな手段を取らせてもらいました。」


少しだけ申し訳無さそうに、心配そうに言う彼我さん。





ナズーリンが待ってて・・・。
起きるのが遅くて・・。


やばい。今日は一緒に薬草集めだったはず・・。


・・確か約束は五時半だったはず・・。





時計を見ると文字盤は綺麗な90度を作っていた。

・・・それは九と十二。






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「リアさん。上着が裏表です。」
「うわっ、ほんとだ!!わわわわ・・・。」


「はあ・・・全く、先が思いやられますね・・。」



彼我さんは少し呆れたように深く溜息をついた。


うー・・彼我さんに呆れられたくないんだけどなあ・・。






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「・・・えっと、昨日はね・・・よく眠れなくてね・・?」

「・・・。」


「えっと・・ずっとおなかが痛くて・・・」

「・・・。」


「・・悪い夢を見てね・・・?」

「・・・。」




命蓮寺の門の前、俺はむすっとしているナズーリン
三時間半の大遅刻の言い訳をしていた。

珍しく、彼女の尻尾先にはバスケットがぶら下がっていた。



・・まずい。ナズーリンがずっとこちらを見て黙ったままだ。
何も言いたそうにしていないのが怖い。


ただこちらを無表情に、凍った目つきでこちらを見ている。



・・・考えてみれば当たり前だ。


薬草探しは本来彼女はしなくていいのだ。
それをわざわざ付き合ってくれてるのに、
こちらが大遅刻して言い訳までしている。


今の俺は間違いなく・・・最低だ。


・・・ちがうだろ。
俺が今やることはそんな事じゃない。




・・・俺は大きく息を吸い込んだ。




「・・・本当に・・・ごめんなさいっ!!!」




命蓮寺の外まで聞こえる位、大声で、
大きく頭を下げて謝った。



頭を下げる瞬間、彼女の眉が一瞬だけぴくっと動いた。



そして、彼女は重々しくこう俺に持ちかけた。



「・・・どうして昨日は寝不足だったんだい・・?」


「・・・それ・・・は・・・。」





・・実は昨日ずっと妖夢さんがうなされていたので
心配になって背中をさすってあげたりしたから・・・・。

結果彼女は安眠したが、
今度は自分が寝れなくなってしまったのだ。



でも・・・そんな事言っていいのだろうか。



返答に窮しているとナズーリンは軽く溜息を吐いて
少し語勢を弱めてこう言った。


「・・・どうせ君の事だから大方、一緒にいた奴が心配で
 寝不足になった・・といったところだろう。」



その言葉は的を射ていたが、
俺は首を縦にも横にも振れなかった。



「・・・・さて・・・と・・・
 私はまだかなり怒っているんだが・・どう償うつもりだい?」



彼女は顎に手を当てて思案するように言った。
少しだけ、彼女の顔に表情が戻ったような気がした。


「・・・う・・・ごめんなさい・・・。」



尚も彼女は問い詰める。


「・・・どう償うかを訊いているんだ、私はっ!」


今度は語勢を荒げて、ぴしゃりと言い放った。


・・・・今思うと勢いに押されてしまったのだろう。



「・・・なんでもします!なんでもしますから許して!」



・・・あ。


口を押さえたが、もう手遅れだった。



それを聞いた彼女は目に光が点り、にやりと口角が上がった。
・・ぞっとした寒気が背中を撫でたのは気のせいではないだろう。


「・・・ふふっ・・何でも・・か。
 迷ってしまうな・・・・君に何をさせようか・・・。」


・・・嫌な汗がだらだらと頬を伝う。


「あの・・ナズーリンさん・・?
 その・・・やっぱり、出来るだけの事・・・・を・・」

「ふむ・・・君はさっきそんな事を言ったかな?」

上目遣いで彼女を見ながら持ちかけた提案はあっさりと払われてしまった。
ナズーリンは心底楽しそうに嫌な笑みを浮かべて思案していた。


畜生・・・俺の馬鹿・・・。
もうこうなったら肋骨の2,3本は覚悟しよう・・・。


「・・・何をさせるつもりだよ・・・?」


俺が暗い気持ちで彼女に尋ねると、
彼女は飛び切りの笑顔でこう答えた。


「後で考えておくから、それまでは保留だ。」


・・・この顔は絶対決まってる。


「ちょっと待って・・・今から言ってくれないと心の準備が・・」

「・・ところでリア。一つ聞きたい事があるんだが。」
「・・なに?」


くそ・・話を変えられてしまった・・。
何でこんなに逃げるのがうまいんだよ・・・。


ナズーリンはバスケットの提がった尻尾を
得意気に俺の前に突き出してきた。


「・・・私が君を待っていたこの三時間半・・無為に過ごすと思うかい?」


・・・そのバスケットにはぎっしりと草や葉っぱ、根っこ、
小さな黒い液体が入った器があった。


「・・えっ・・・これって・・・!!」


・・・間違い無い。薬の材料だ。


黒い液体は漆だろう。
鈴蘭の根とかもある・・・・。


「・・そうだ。草類は全て集め終えた。」


少し誇らしげに尻尾を傾けてバスケットの中身を見せる彼女。


「・・・ありがとうナズーリンっ!!」

「ああ、どういたしまして。」



彼女はこの間集めに行ってくれてたのか・・・。
三時間半で、全部の薬草を。

考えてみれば俺がいないから自由に飛べる。
だから効率ははるかに良くなるはずだ。


・・・あれ、俺って凄く足手纏いだったんだ・・・。



「だが・・・あまり喜んでもいられないな・・。
 残りが残りだからな・・・。」

「あ・・・。」


ナズーリンが眉間にしわを寄せて切り返す。


・・・忘れていたが、残りの材料は半ば猟奇的なものだった。

紙を取り出して二人で確認する。




妖精の羽

極楽蝶の尾

飛燕の嘴

妖獣の尾

雄鶏の鶏冠

小神霊

蠑螈の黒焼き




困った。ほとんどが入手困難な上に、捕殺が必要だ。


しかも、生き物関連がほとんどなので、
ナズのダウジングはもう役に立たない。


恐らく媚薬の材料として使われる・・・
・・イモリの黒焼きは比較的容易だろう。




「・・・ナズーリン、まずは簡単なイモリから行こう。」

「ああ、丁度私もそう思っていたところだ。」






俺達は移動して、近くの水田に行ってイモリを捕まえてきた。
そして、庭の方で火を起こして、イモリの黒焼きは達成した。


正直、気が重いからナズーリンに粗方やってもらった。
本当にありがたいな・・・・。


次に極楽蝶は妖怪の山の麓にいる蝶らしいので頑張って捕まえた。
流石に自分でやったが、尾羽だけ取り外す作業はいかんせん気が重かった。


次に妖精の羽。手段の詳細は割愛するが、毟った。


泣きそうだったけど、自然現象の一環だそうで、
草を毟るのと何ら変わりないとナズーリンは言っていた。


雄鶏の鶏冠は市場の肉屋さんから破棄する部位としてもらった。


残りは三つ。


妖獣の尾と、飛燕のくちばし、小神霊。


この中では小神霊が一番わけがわからない。
とりあえず小神霊は後回し。



飛燕は飛んでいるツバメ。
飛んでなきゃいけないのかがわからないからこっちも後回し。


消去法で、残りは・・・・



「妖獣の尾・・・って、ナズーリンの同属の尾だよね・・?
 抵抗は・・・あるに決まってるよね・・・。」


不安になったので彼女に訊いてみた。

やっぱり、仲間の尻尾なんかそうそう取れるものじゃない。
それに、ナズーリンは妖獣の中では決して強くない方だから、
もし尻尾を取ろうとしても返り討ちに遭うかもしれない。

すると、彼女は意外な答えを返した。


「・・心配するな。何も殺して奪い取らなくてもいいんだ。」

「・・え?」



「・・・死んだばかりの妖獣を捜せばいいんだ。
 そうすれば『物』という括りになって、私のダウジングが使える。」


そっか・・!!その手があったか・・!!
本当にナズーリンって頭が切れるなあ・・・。


「凄い!!ナズーリン頭良い!!」

「まあ・・・毘沙門天の弟子だから当然だな。」


・・ちょっとは謙遜しろよ。

彼女は得意満面でこちらを見つめた。ドヤ顔だ。

・・わかってたけど、彼女は褒めると調子に乗るタイプだった。



「さて・・これを使うかな・・・。」
「?」


彼女は首から提げたペンデュラムを外し、手に持った。
・・そして、ゆっくりと目を閉じ、気を研ぎ澄ました。


・・・そのままの格好で数分黙った後、
急に顔を上げてロッドを取り出し、目を大きく見開いた。


「あっちだ!!」

「待っ・・・!!」

そして、急に走り出した。俺が全速力でギリギリの速さで。


・・・距離は長距離並みなので死ぬかと思った。



 

「ぜえ・・・ぜえ・・・・。」
「・・・幸先が良いな。運良く他の妖怪に襲撃された直後だな。」


「よし、これで後は二つだな・・・。」
「はあ・・・はあ・・・。」

「よしリア、次は・・・」
「ひゅうひゅう・・ごほっ・・・」



「・・・いつまで疲れているんだ?」
「・・・・ねえ・・・俺・・・人間・・・。」


まさか全速力で20分以上走らされるとは思わなかった。
・・・甲子園前の野球部でもここまではさせないだろう。



「・・・すまない。少し忘れていた。
 ・・・っと、もうこんな時間か・・・・。」

「・・・え?」


・・太陽を見るとかなり傾いていて、
もう山に差し掛かろうとしていた。



・・・まずい。納期は今日の夜。とても間に合わない。


・・・とりあえず、集め終えて無くても一度永遠亭に行くべきだろう。
そもそも主目的は永遠亭に行って、ある考えを実行させてもらうことだ。


鈴仙さんは迷いの竹林の近くに
案内してくれる人がいるって言ってたな・・・。


迷いの竹林。名前が最低だけど怯んでいられない。
案内人がいるのなら安全だろうし。


・・よし、これから行こう。
幸い、割とここから迷いの竹林は近い。


「・・ナズーリン、もう戻っていいよ。
 今日はありがとう、本当に!凄く助かった!」


彼女に向き直り、俺はお礼を言った。


彼女はバスケットを俺に微笑んで手渡した。


「・・・ああ、頑張れよ。
 ・・・ところで、何か忘れていないかい?」


ん?・・・忘れたこと・・?


「・・なんでも・・・」
「はいはい。」


あーあ・・・なんであんなこと口走っちゃったんだろう・・・。
確かに俺が悪かったんだけど・・・。
必要以上の事やらされそうで怖いな・・・・・。




・・・まあ、何だかんだで許してくれたし、
大抵のことは受け入れてしっかりやるつもりだ。



俺はナズーリンに別れを告げて、
小さなバスケットを持って妖怪の山を下った。

・・・目指すは迷いの竹林。名前の響きが嫌だ。



余談だけどバスケットの中身は非常にグロテスクだった。




つづけ