東方幻想今日紀 八十三話  五つ首、三十五の刃

淡い月夜に七つの影。
二人を取り囲む同じ姿の五人。


赤い帽子の少女は胸に大きな創があり、
苦しそうに片目をつぶって肩で呼吸をしていた。


いくら強いとはいえ丙さんを
これ以上戦わせるのはかなり無理がある。

それでも彼女は立っている。

戦っている。


ここまで来ると強いというだけでは説明がつかない。
いくら強者でも、戦えるのならこんなに苦しそうな顔をしない。
こんなに創だらけになるまで戦えない。
おまけに猛毒まで回っているのだ。


いったいどうしたらそんなに頑張れるんだろうか・・。





「・・・ねえ、何人なら何とかなりそう?」


不意に背後から力が篭もっていない声で丙さんが言う。


「・・すまぬが、一人とてかなり怪しいの。
 体が素早く動かないのじゃ。敵が斬れぬ・・。」


『え、深水でも駄目なの?』
「お主の地力が人間じゃからのう・・・。
 経験でどうこう出来ぬほどの力の差があるのじゃ。」


そっか・・やっぱり自分は人間。
どう足掻いても妖怪との実力差は埋まらないのか・・。



そんな事をぼんやり考えた瞬間、
犬耳の青年の顔が一瞬目の前に見えた。

そして僅かな間視界がぼやけ、全ての風景が上に流れて行った。


何が起こったのかすぐにわからなかった・・が、
視界の端に月夜に照らされた血溜りが見えた。


刺されたのか、はたまた斬られたのか。
感覚が無い為、全くわからない。






『深水っ!!?深水っ!!?』
「リア君っ!?」



背後から丙さんの動揺した声が聞こえる。


「・・・ごほっ・・・ごふっ・・。
 何とか・・・生きておる・・・
 どうやら一人の斬撃を受け流している内に背後から・・っ。」


ひゅうひゅうと自分が呼吸する音が聞こえた。
異常な音だ。肺を潰されたのだろうか・・・?


「・・・お主・・・何故心臓をあえて外した・・。」


視界が少しだけ上がり、
低い場所から今は遠くにある五人の青年を見上げていた。


「・・・決まっているじゃないですか。
 ・・あっさり死んだら苦しむ姿を楽しめないでしょう?」

『・・・・!!』


にやりと青年の口角が上がる。


何てふざけた考え方だ・・。
この男は人の心が欠けている。

そんな発想がある・・この男は危険だ・・・。



「・・・ふ。度し難いのう・・。まるで外道じゃな・・。」



呻くように自分の声が口から漏れる。



「・・・それと、リア、すまない・・。
 敵わぬと解っていながら・・ごほっ、えふっ!」


苦しそうな篭もった咳と鮮血が自分の口から出る。


『深水、大丈夫だよ、俺だったらもっと早くこうなってた!
 むしろ死んでいたって!』


思わず俺はそんな事を言っていた。

それを聞くと深水はふっと満足そうに目を瞑り、笑った。






そして、その瞬間に感覚が引き戻された。

「う゛あ゛っ・・・!!!?」




気が飛びそうなほどの異常な痛みが襲ってきた。

わけのわからない力が
全身の内臓を引っ張り出そうとしているかのような痛み。

それが両胸と腰、脇腹の四箇所に奔っていた。


あの時・・四箇所刺されていたのか・・・!!?



はっきり言ってこの状態はかなりまずい。


大量出血、呼吸困難。臓器崩壊。

肉体的に強くなったとはいえ、
いくらなんでもその状態だと確実に死ぬ。

 
・・・今度こそ・・・助からないのかな・・。




そんな絶望が頭をよぎった瞬間、
それを打ち破るような声が背後からした。


「そっか。じゃあ・・・もう容赦しないよっ?」




その声と同時に、前方の二人の青年が地に伏した。

真紅の刀を振り切った丙さんが更にその向こうにいた。




彼女の頭にいつもの小さな触角付きの帽子は無かった。
普段帽子が乗っかっている頭の右側には、15cmほどの
刀と同じ色、血塗られたような透明で真紅の一本角があった。


激しい痛みを抑え首をゆっくり上げると、
もう二人の分身も血沼に沈んでいた。


今までずっと穏やかだと一見錯覚するような笑みを浮かべていた
青年の表情は完全に引きつっていた。


「・・それ、何ですか・・?」



「・・・私の、愛刀だよっ。」


一角の少女は誇らしげに真紅の光を振り上げた。


丙さんの口からはおびただしい量の血が出ていた。
焦点も合っていなかった。

さっきまでは彼女の目はしっかりと敵を見つめていたのに。
血も止まっていたのに。


「・・・この刀はね、私が傷付く程、
 素早く動けて、殺傷力も上がっていくんだ。」




彼女はとても誇らしげだった。

しかし、狂っているという感じではない。
吹っ切れたのでもない。

何かを決意した様子だ。



「・・どうして今まで使わなかったのですか・・?」


引きつった表情のまま青年は問うた。



「・・この刀は与えた攻撃が二倍の威力になって
 跳ね返って来るんだ。だから使いたくなかったし・・・」



一呼吸置いて彼女は満面の笑顔でこう言った。



「・・もう、大切なものを失いたくなかったのっ。」





彼女はそう叫んだ瞬間に
刀を振り切った姿で青年の背後に立っていた。




「・・・はあ・・変態なんですね・・・。」




「・・・あはは。よく言われるよっ♪」









二つの人影はゆっくりと傾き、やがて地面と一つになった。




その動き、一瞬一瞬が全てスローモーションに感じた。




俺は声が出なかった。




ただただその様子を信じられない様子で見ていた。





つづけ