東方幻想今日紀 八十二話  譲れないもの、譲るもの

月夜の中、瓦礫と大量の木片、
一人の馬鹿が作ったクレーターを
背景にして激戦が始まろうとしていた。


蒼い刀を左手に持ち替えた青年と、一見幼い少女。
二人の視線の先には四本の刀を手に持った犬耳の青年。



そして、



「・・・さて、リアよ。聞こえておるか?」
『・・・シンスイ?』


「聞こえておるみたいじゃな。
 ・・・ところで儂の名前は深水光
 (ふかみなのみつ)というんじゃぞ?」
『あれそう読むの!?』


青年は軽く嘆息した。


「リア君・・に、取り憑いてる人、リア君と喋ってるの?
 私には何にも聞こえないんだけど・・。」


視界は変わっていないのに、体が動かない。
痛みも何も感覚が無い。



・・喩えるならゲームの主人公視点の状態だろうか。


そう考えた瞬間、ぐるんと視界が大きく変わった。
そして視界の端には一瞬刀の刃が移りこんだ。


つまり、深水は敵の斬撃をかわしたのだ。


俺は全く反応出来なかった。

自分だったら間違いなく斬られていただろう。



・・なるほど、今は深水が戦っているのか・・。


「っと・・とにかく話は後じゃ!
 今は此奴を倒すのが先決じゃろう!
 リア!儂が戦い方を見せてやろう!見ておれ!」

『わかった。きっと倒してね。』



俺は走り出した。
勿論走っている感覚は無い。
勝手に体が動く感じだ。

ごめん飛べなくて。


青年に駆け寄ると、居合い斬りから返し斬り、
振り向き斬りから相手の刀を鞘で受け、受身を取ってさっと離れた。

どうやら全て外したみたいだが、一撃ももらうことも無かった。

視界が交錯して一瞬混乱したが、そんな事が少しの間に起こった。


「本来は左利きじゃ無いんじゃがな・・。」
『じゃあどうして右で持たないの?』

青年は嘆息して右手を目の前に持ってきて開いた。

『!?』

「・・・こんなに強く握りおって・・・
 一体何がお主をそうさせたのじゃ・・・。」


そこにはほぼ原形を保っていなかった大きめの手があった。
血塗れだった。そして深々と柄の模様を残していた。

並の握力じゃ不可能な領域だった。

・・・本当に・・俺が・・これを・・?

なるほど・・刀を持つ手が生温かったのはそういう事か・・。


「しかし・・二人とも何故力を出し惜しみしているんじゃろうか・・。」
『・・え?』

視線の先には空中戦を繰り広げる丙さんと犬耳青年がいた。

丙さんは体術で戦っているのに対し、敵は流麗な剣捌きで
両手に二本ずつ、四本の刀を振っていた。

まるで手が四つあるかのような動き。
とても人間業ではなかった。

・・・どちらも全力で戦っているように見えた。
若干丙さんが押されているようにも見える。

「良く見るんじゃ。丙は帽子を時折手で直しているじゃろう?」
『・・・あ、本当だ・・。』

確かにほんの一瞬、離脱する僅かな隙、呼吸や瞬きといった
レベルの瞬間瞬間に細かく帽子の位置を手で直していた。

「あの帽子を直す時、一瞬じゃが異常な力を感じるのじゃ。
 恐らく、帽子を取ると力が解放されるんじゃろうな。」
『そう・・なんだ・・・。』

何で丙さんは・・・帽子を取らないんだろうか・・。
そういえば日頃も絶対に取らなかったし、
誰かが取ろうとしたら抵抗してたっけな・・。

「・・しかも、漏れる力の種類が異質なのじゃ。」
『・・・どういう事?』


「人間の持つ霊力とも違う。妖怪の持つ妖力とも違う。
 ましてや神や神霊の纏う神力でも無い・・
 今まで感じた事の無い異質な力じゃな・・・。」

『・・・。』

・・丙さんは一体何者なんだろう?
自分の事は全然話さないし・・・。


それに、忘れかけていたが、
仮にも麻痺毒を喰らった上に、胸を貫通されて大量出血までしているのだ。
それなのに・・・四本の刀という数の暴力とも言える
異常な手数を持つ強力な敵とまともに戦えている・・。

背筋が凍りそうになった。


「さて・・そろそろ決めますかね・・。」


そんな中、青年はもう三本の刀を懐から取り出し、
両袖と尻尾に装備した。


彼の腕にはそれぞれ三本の刀、
尻尾で計七本の刀が彼の身に収まった。


「・・いかん。加勢せねば・・・。」


視界が移動し、原を駆け抜けていく。

少しの間を置き、丙さんの真下に着いた。
丙さんはそれに気付くと地面に降りた。

丙さんは思ったよりボロボロだった。

・・口からの出血は止まっていたものの、
依然胸には風穴が開いたままだった。

そして、毒が回ってきているのか、
右目は完全に閉じられ、左肩も力なく下がっていた。

左目も完全に光を失っていた。
いつもの生き生きとした、飄々とした態度は微塵も無い。

一方青年の方は服に数本の傷や頬に傷を負っているが、
決定打は一発も受けていない。
表情にも余裕が見て取れる。


「・・あーあ。彼、結構強いなあ・・。
 正直・・・まずいよ・・・あははっ。」


力無く笑う彼女を見て複雑な気分になった。

悲しみとも違う。哀れみとも違う。
怒りとも違っていた。

・・強いて一番近い心境を挙げるのなら絶望だろうか。

「・・・帽子を取るんじゃ。」

深水は丙さんに語りかける。


「・・嫌だよ・・・。」

丙さんはふっと笑ってそれを返す。

「今は・・意地を張っている時では無かろう。」
「・・・ごめんね。でも絶対に取りたくないんだ・・。」

切々と訴える丙さん。
彼女の目からはうっすらと光るものが見て取れた。

こんな丙さんの姿は初めて見た。

いつも余裕で、下手に回ることなんて無かった。

でも、その彼女は今は満身創痍で
実力差に打ち拉がれて、ただ地面に視線を合わせ俯いている。




「・・・この似非妖怪は本当に危険ですね。
 不意打ちが成功して僕はとても運が良かったです。
 僕でも・・こんなのを葬ることが出来るんですね・・。
 ・・・あなた達は、ここで終わりですよ・・。」


青年はそう呟くと、右手を大きく振り上げた。


次の瞬間には、犬耳の青年は五人に増えて自分達を取り囲んでいた。
その青年は五人とも同じ容姿で、
穏やかそうな、黒い嫌な微笑みを浮かべていた。


『・・・分身・・・か・・。』


七本の刀を携えた五人の青年が一斉に刀を構えた。



「・・・やるよ・・。」
「・・うむ。お互いに生きて帰ろうぞ。」




背中を合わせた青年と少女は静かに構えを取った。



つづけ