東方幻想今日紀 八十話  忍者だったら死んでる

「・・・!?」


刀を持って命蓮寺の外に飛び出すと、
ぼんやりと遠くに大小の青白い明かりが見えた。


それも一つや二つではない。


・・とても数え切れない。
数百、数千はあるだろうか。



ふと嫌な憶測が頭の中によぎる。





ーーーこの光が敵の数だとしたらーーー




「うわっ!?」


疑問はすぐに氷解した。

近くの茂みからかなり大きい犬のような獣が出てきた。
寸での所でかわし、大惨事にならなくて済んだ。

・・そして、その犬は小さな青白い鬼火を一つ纏っていた。

・・やはり、あれは敵の数か・・・。




初撃を外したその獣は苦々しく唸っていた。


・・・待ってなんかいられない。



「やあっ!」


その獣が頭を下げた一瞬を見計らい、
一気に踏み込んで対象に刀を振り抜いた。
勿論構え無しからの踏み込みと同時に居合い切り。


反応出来なかった獣は短い悲鳴を上げ地に伏した。


手応えはなし。空を切る感覚だった。
相変わらずデタラメな切れ味だな・・。



「やった・・・!シンスイ・・!丙さん・・!」



俺は間違い無く進歩していた。


丙さんに教わった居合い切りを実践できたのだ。

鞘を抜くと同時に対象を斬る。
相手は咄嗟の反応が出来ずに斬られるしかない。


普通の刀なら金属だから重いし、空気抵抗を受けるから
達人でなければ反射が間に合う程度の間がある。

しかしこの刀は異常に軽く、おまけに空気抵抗を受けない。
何故かは解らないが、
恐らく空気ごと斬っているのではないだろうか。

だから、この刀に最適な戦法、それが居合い切り。
陸上部だったので瞬発力も最大限に生きる。



「・・・よし、いける!」


俺は民家が密集しているであろう場所、
村の中心部に走り出した。





ーーーーーーーーーーーーーー




「・・・!」



村の中心部だったのであろう場所に到着した。


・・家だったと推測される場所は瓦礫や木の屑の山と化していた。



あちこちで鬼火が浮かんだり消えたりしている。

・・そして、既に爆音や閃光が遠くで展開されていた。
時々極太の虹色の星を纏った
レーザーのような物が空に先を滑らかに書き、
その時だけここまで明るくなった。

恐らく宴会の参加者や命蓮寺の人達が戦っているんだろうか。


・・俺も役に立たなくちゃいけない。
いや、役に立つ時が来たんだ。


近くにさっきより大きめの獣が近くにいた。
青白い鬼火を二つ纏っていた。

周りには取り巻きの獣がいた。


・・・ん?二つ?
さっきの犬は一つだったんだけどな・・・。


照らされたその獣は首が長めで、中国龍の顔をしていた。
しかし四足歩行の犬のような胴体。

そしてその周りにはさっきの犬のような獣が三体。
その獣達は青白い鬼火が一つだった。


俺は端にいる龍首の獣に狙いを付けて忍び寄った。


・・・そして、丁度良い距離になった。

まだ気付かれていない。


・・このままその長い首を撥ねる!



一気に踏み込み、その獣に刀を振り抜いた。



「・・・あ。」



確かに姿を捉えて踏み込んだ筈なのに
龍首獣は、綺麗な弧を描き後ろに跳び下がった。



「外しました、てへぺろ!」


余りにも危険を感じて動揺したのか、
弾みでこんな事を口走ってしまった。

自分で言っておいてなんだけど、
気持ち悪くなったのでもう言うのやめます。吐けそう。



・・龍首の獣は俺と正対した。
そして鬼火に照らされた俺を見つめる爛々とした黄色い目。

さらに周りの獣が一斉に俺に目を向けた。


何で避けられた・・?
狙いは完璧だったはず・・・。


もしかしたら最初から気付かれていたのかもしれない。



・・まずい。

居合い切りは外したらそれで終わり。
だから戦うしかない。


しかし、あんな一瞬であれを避けられる敵に勝てる気がしない。
更に取り巻きまでいる。


人間は絶体絶命になると走馬灯が流れると言われている。
そして、それは一説によると
危険を乗り切るヒントを得る為の作業なのである、と。



・・・ある言葉が頭によぎった。



ーー毒札と爆札よ。雑魚なら瞬殺だからーー



三ヶ月前、俺がこの世界に迷い込んだ日の記憶。

雛さんがくれた、十枚の札。



「・・・あった!」


懐にその札は入っていた。

赤い札と紫色の札。よくわからない文字がびっしり書いてある。
恐らく赤が爆札。紫が毒札だろう。
わかりやすい親切設計だ。

雛さん、札が役に立つ時が来ました!
正直忘れてました!ありがとう雛さん!



手段なんて選んでられない!

目の前の敵を爆殺する!



赤い札を一枚引き抜き、思い切りその獣に向かって投げた。




札は綺麗に飛び、龍首の獣の足元に地面に着弾した。

その札は地面に着弾するとはじけた。



(ぷしゅー、もくもくもくもく)



その札は着弾すると謎の音を出して
ありえない量の紫色の煙を噴き出した。



・・・この赤い札、毒札じゃねえか。






じゃあ爆札は毒々しい紫の札か。

何これ罠?嫌がらせ?


紛らわしいと言うよりは酷い。

あと煙の量が酷い。
ここが風上だから良かったものの、無風だったら
確実に半径数十メートルは毒煙で霞んでいた。


・・・これ・・・風下に人いないよね・・?





・・そうこう考えている内によく見えないけど
紫色の煙の塊の中で犬のような悲鳴が聞こえる。



・・・なんか気の毒になってきた。




やがて毒煙は晴れ、犬獣がいた場所には
肉のような何かがあった。


・・・え。雛さん何渡してんですか。

雛さんが渡してくれたのは方向性を間違えた兵器でした。


これオーバーキルにも程があるんじゃないの・・?


・・まずいだろ。


この辺に生存者がいたら確実にとどめになる。
・・そんな不幸な人がいないことを祈ります。


もうこの札は封印しよう。危険すぎる。




「・・!?」


・・・毒煙が晴れると、
そこには悠然と立っていた龍首の獣がいた。
毒が利かなかった様だ。

なんて奴だ・・・。



・・・でも、やっと解った。


青白い鬼火の数は階級なんだ。
その獣の強さを表しているのかもしれない。



・・恐らく、これは裏で糸を引いている奴がいる。
かなり組織的で、大きな規模だ。




・・よし。爆札ならもしかして・・。


取り巻きも倒せた。

今度は爆札の出番だ!



紫色の毒々しい色の札を取り出し、
その龍首の獣に投げつけた。



「しまっ・・・!?」



しかし狙いは大きく外れ、龍首の獣の頭を超えて、
さらにその数m先に着弾してしまった。



・・・そして、その瞬間、目を潰されたような感覚と同時に
耳の穴に何か尖った物を突き刺したような感覚が襲ってきた。



・・・その正体は爆音と閃光。



車のクラクションを近くで聞いたことがあるだろうか。

鼓膜が破れそうになるあれです。
そのクラクションを数倍の大きさにして
何十台の車を周りに並べて一斉に鳴らしたような、そんな音。



・・・どう考えても音爆弾です。



ゆっくりと目を開けてみると
目の前には浅いクレーターが出来ていた。




「・・・・っ!?」




そして、満身創痍になっている龍首の獣の姿が
クレーターの中央から大分外れた場所にあった。


その余りの威力に立ち尽くしてしまった。

そして、あの爆発でも原形をとどめていた龍首の獣。
その耐久性は尋常ではない。


鬼火の数が一つ違うだけでこんなに強さが違うのか・・。
恐らく、一つの奴でさえ地力は自分より上だ。

しかし、二つの奴はさらに飛び抜けて強かった。


そして、爆札はそんな二つ鬼火の獣を一撃で葬った。


有効範囲は半径十五メートルほど。


・・・あの時雛さんは頭でも沸いていたのだろうか。
これは誰かに渡してはいけないだろう。




・・・無言で八枚の札を懐に入れた。



・・・使う時はもう来ないかも知れない。
少なくとも自分の技量では使える自信が無い。



そんな事を考えながら出来た穴を見つめていたら、
背後から穏やかそうな声が聞こえてきた。






「・・随分と派手にやらかしましたね・・。」




「・・誰!?」



後ろを振り向くと、そこには穏やかそうで
顔立ちの整った、腕を組んでいる青年がいた。


ダックスフントみたいな白い垂れ耳。大きな白い尻尾。
流麗な水色の髪に交ざる、少量の紫色の髪の毛の束。
ゆったりとした着物。年の頃は二十歳前くらいだろうか。
そして着物の帯にはおびただしい量の刀が差さっていた。
その数七本。全て長さと形が少しずつ違っていた。



もちろん最初に目に付いたのはそんな部分ではない。



・・・その青年の周りに浮かぶ、七つの鬼火。
その鬼火から目を離せずにいた。




「・・・どうしましたか?
 まるでこの世の終わりみたいな目をしてますよ?」




俺の中で何かが声を張り上げてひたすら同じ事を叫んでいた。



ーー逃げろーー



しかし、一歩も動けない。



ただ青年の穏やかそうな表情を焦点の失った目で見つめていた。






つづけ