東方幻想今日紀 六十九話  東方障夢異変

あの刻印も、命蓮さんの「肉体」も虚像・・・!?


その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。



「・・・つまり、あの時蘇生した命蓮の肉体は・・・
 ・・・私が作り出した・・濃縮した夢そのものなのです。」


「っ!!?」



彼女は目を軽く伏せながら、淡々と説明的に述べた。


夢で・・・そんな事が・・!?

彼女の言っている事はとても信じ難かった。



「つまり・・全員に幻覚を見せたということですか・・・?
 ・・・・どうして、そんな事をさせたのですか・・・?」


聖さんが詰め寄る様に言う。




「・・・白蓮様。・・この千余年で、私は今まで・・
 ・・一体何をしていたと思いますか?
 ・・・誰の前にも姿を見せずに・・・何をしていたと思いますか?」


「・・・質問に応えない癖は・・・変わっていませんね。」


聖さんがふっと笑う。
彼女の目元からは溢れんばかりの涙が見て取れた。


「・・・どうして、最愛の弟を殺したのか聞いているのです。」

彼女はうって変わって強く言い放った。


彼女の目元からは大粒の雫が零れた。




「・・・・私は・・・よほど罪深いのですね。
 ・・ずっと・・・夢を具現化する能力を・・・独学で身に着けたのに・・。」


!?


夢を・・・具現化する!?


・・いや、そんな事が出来るのだったら・・・。



「・・・私は・・あなたが弟の死を目の当たりにして・・・
 死を恐れて、魔法使いになったのですよね・・・。
 ・・・そして、妖怪にも、手を差し伸べました。
 ・・・でも、あなたは若返りの維持の為でもあったのですよね・・。
 だんだんとあなたは自分の為では無く、妖怪の為に彼らに手を差し伸べた。
 ・・でも、妖怪に手を貸すことは同じだった。

 その結果・・あなたは妖怪を憎む人間によって封印されてしまいました。

 ・・私は・・その時、身が千切れる思いでした・・・。
 
 身寄りも無く、夢を喰らうだけの私に、生きる希望を与えてくれました。
 ・・そんなあなたの為に何か出来る事を探しました。
 
 ・・恩返しが、したかったのです。」



「・・・。」

聖さんは静かに彼女を見つめていた。
既に彼女の表情は緩んでいた。
視線だけは、一心に彼女に注がれていた。


彼我さんは喋り続けた。
彼女の声は既に切れ切れで、何かを必死に耐えている声だった。


「・・・あなたの封印を解くのは、今の命蓮寺の者に任せました。
 私に出来ることは・・・それじゃないと。

 ・・・私に出来ることは、あなたが封印から解かれた時に
 あなたの最愛の弟と・・・・再会させることでした。」


「・・・・っ!!」


聖さんが軽く身震いした。



「・・・私はとうとう、夢を具現化する能力を身に着けました。
 天界に行き、命蓮がその具現化した肉体に、
 天界での記憶を一時的に無くした上で入ってもらう事を頼みました。
 
 でも、やはり・・・そこまで来たら、欲が出ちゃう物です・・・。
 刹那の間では無く・・・永遠に、二人で同じ世界に
 存在して欲しくなってしまったのですから・・・。
 
 ・・そんな欲が出るのは仕方が無いと思いました。

 ・・だって、私の目の前に、夢を祓う事の出来る人が現れたのですから。」


あまりにも意外で、俺は思わず自分を指差してしまった。

彼女はゆっくりと頷いた。


「私はまず、具現化させた夢を、保つことから始めました。
 だんだん具現化させた夢が現実に溶け込んで来るからです。
 そして、その夢を保つ為には、やはり夢が必要なのです。

 だから、本来見るはずの夢を吸い取り、具現化した夢を保つのに使いました。

 
 ・・そして、現実と夢が完全に交じり合った所で一気に夢の部分を取り除く。

 そうすれば、現実の部分だけが残ると考えたのです。 

 ・・そのためには、あなたの力が必要不可欠だったのです。
 唯一無二の、退夢の刀を扱える・・・あなたです。リアさん。
 
 

 ・・夢と現実が完全に混ざり合った所で、
 あなたに彼を斬ってもらう必要がありました。
 
 ・・あなたが、彼を斬らざるを得ない状況を作りたかったのです。
 
 都合のいい事に、謎の刻印の騒ぎがあったので、利用させてもらいました。

・・そして、彼に、大切な人に命を絶ってもらえば、
刻印は消えると、嘘の情報を流し込んだのです。」


「ちょっと待ってください!」
「!?」


俺はつい、彼女に待ったをかけてしまった。


・・・一つだけ、どうしても引っかかる表現があったからだ。


「・・・謎の・・・刻印?」

「はい。何だか良くわからないですが、数字で減る刻印の騒ぎがありましたね。
 でも、命蓮にそっくりの『二』の刻印を打てば、
 あなたが彼を斬らざるを得ない状況を作り出すことが出来ます。」


・・やっと繋がった。

睡眠障害の原因は彼女だったのだ。
具現化した命蓮さんの肉体を保つ為に色々な人から、
本来見るはずの夢を吸い取っていたのだ。

しかし・・・彼女は刻印の犯人ではなかった。


それは彼女の口ぶりから伺える。


彼女は刻印の騒動を利用していただけだった。
俺に命蓮さんの・・夢の部分を取り除く事に。



・・・じゃあ、一体・・・誰が刻印を・・。





・・この場で考えても、答えが出ることは無かった。







彼我さんは続けた。


「・・そして、斬られた彼は・・消えてしまいました。
 どうして消えたのかはわかりませんが・・失敗・・してしまいました。
 恐らく・・・天界に・・・戻ったのだと思います・・・。」


彼我さんは俯いてしまった。
しかし彼女の声は・・・涙声に変わっていた。





「あなたに・・・恩返しが出来ませんでした・・。
 ・・白蓮様・・・ごめんな・・・さ・・・い・・・・。」



ぼろぼろと彼女の右目から涙が落ちる。
左目の包帯も完全に濡れていた。


「・・・。」




聖さんは彼我さんに駆け寄った。







・・そして、彼女は彼我さんを・・ぎゅっ、と抱きしめた。





「・・・白蓮・・・・さ・・ま?」


突然抱きしめられた彼我さんは目を白黒させていた。






「あなたの千年は・・・無駄ではありませんでしたよ。
 ・・・・ありがとう。・・・ヰ哉・・・彼我。
 ・・・あなたは私の、自慢の・・・愛弟子です。」







「白蓮・・・・さまっ・・・!!」










初めて見た、彼我さんの花が咲いたような笑顔。














彼女は聖さんに報いようとしたのだ。
しかし、それは叶わなかった。


・・・でも、彼女は誤解を解くことが出来た。

聖さんに認めてもらった。


彼女は聖さんに幸せになって欲しかっただけなのだ。








・・命蓮さんは、無事天界に戻ったのだろうか。



この手には・・一生忘れられない感触が残る事になった。


でも、彼の行動も、一生忘れないだろう。





山の端が白み始めていた。






ぼんやりと立ち上る紫の霞んだ雲は、一つの事を暗に示していた。





今だけは、彼我さんと聖さんが分かり合えた事を喜ぼう。


















・・・ありがとう、命蓮さん。





















・・・この異変は障夢異変と後に名付けた。




東方幻想今日紀 第一章 終




つづけ