東方幻想今日紀 六十八話  僕はやりきった。俺はやりのこした。

「ありがとうございます・・・・こんな・・・我侭を聞いてくれて・・。」


地に伏した彼は微笑んでいた。


「命蓮さんっ・・・命蓮さんっ・・・!!!」


でも、そんな事はどうでも良かった。



「まだ・・・こっちの世界の話・・してませんっ・・!」


「・・・そうでしたね・・・ふふっ、すみません。
 ・・・僕の姉に・・馬鹿な弟だと言っておいて下さい。」




彼は・・・まだ息があった。


理由は簡単だ。


左胸を狙ったつもりなのだが、自分から見て左、
つまり右胸を刺してしまったのだ。


しかし、二度刺すなど俺には到底出来無かった。


一度目で自分が正気に戻るに決まっているからだ。





でも、彼は苦しんだ様子など無かった。

我慢している訳でもなく、本当に清清しそうな表情をしていた。
血も出ていなかった。

違和感を感じるべきだったのだろうが、その時はどうでもよかった。



痛くないのだろうか。怖くは無かったのだろうか。




愚問だった。




・・見てて気持ちが落ち着いて来るくらい満足気な顔をしていた。




もっと話したかった。

いろんな事を教えて貰いたかった。


もっと一緒に居たかった。




・・・こんなの、あんまりだ。




偏った見方をすれば・・・彼は四人を救った。
俺はその手助けをした。



・・本当はそうじゃない。


どちらかを選べなかったのだ。


・・もっと正確に言うのなら、どちらも助けるなんて出来なかった。


自分が・・・情けなかった。








彼はゆっくりと目を閉じた。


唇だけで、ありがとうと呟いて。








その時、突如彼は光に包み込まれ、空に消えた。

「・・・!?」







俺はその場にへたり込んでしまった。

既に涙は枯れていた。





















「おや・・・こんばんは。どうされました?」
「・・っ!!?」


・・不意に闇から湧くようにして、あの人が目の前に現れた。
久しぶりに聞いた、嘲る様な滑らかな声。



突然の事態に困惑したが、すぐに飲み込めた。


視界が赤くなりだした。


心臓の鼓動が再び速くなった。




「・・おや、斬りますか。」

彼女は不敵に腕を組みながら俺に黒い笑みを浮かべる。








「・・・あなただったんですね・・彼我さん。」







生まれて初めて、こんなに誰かを憎いと思った。




「・・・その前に・・です。」


彼女は俺の横をふっとすり抜け、後に回りこんだ。
手には何処から取り出したのか、小さな風船を持っていた。


「・・・?」


俺の中で何かが音を立てて萎んだ。



後ろを振り向いた瞬間、小さな破裂音と同時に、
聖さんが力なく倒れていたのが目に入った。



「っ・・聖さんっ・・!?」

俺はとっさに彼女に駆け寄った。
彼女は軽い寝息を立てて目を閉じていた。

白い綺麗な頬には無数の涙の跡があった。


どうして・・ここに!?



「安心してください。眠らせただけです。
 白蓮様は・・貴方が命蓮を刺している時に
 丁度この場に到着してしまっただけなのです。
 割った風船には、さっきの全ての様子が入っています。
 そして・・・白蓮様は私が話している間に起きます。」



彼女は背を向けたまま淡々と言った。
いつもの口調は変わらない。


たった一つだけ、違っていた事。



「・・・ふふっ。駄目・・・でした・・か。」



彼女の声は・・・・涙で震えていた事だ。




俺は刀をゆっくりと鞘に収めた。




「・・彼我さん。」


彼女は振り向いた。


彼女の左目の包帯は少し、湿って色が変わっていた。
顎に透明な雫が掛かっていた。



「何で・・・なんでこんなことを・・・。」
「・・・・はっ・・。」




「・・・言えよっ・・・!」



肩がぶるぶると震えた。

夜はまだ明けず、暁までには時間があった。









彼女は静かに口を開いた。




「・・・私の目的は・・・・命蓮の蘇生でした・・。」



「!?」


醸し出す雰囲気からは、とても嘘とは思えなかった。

明らかに矛盾していたのに。


「待ってください。
 ・・その話、私も聞きます。
 ・・・久しぶりですね、彼我。」


いつの間にか起き上がった聖さんが俺の横に立っていた。
彼女はどこか遠い目をしていた。


彼女はとても形容し難い表情をしていた。


慈悲、愛、呆然。それに近いのだが、そのどれでもない。
あるいは、それを全て混ぜた表情なのかもしれない。



彼我さんは呼吸を整えて、続きを話した。







「結論から言うと・・『二』の刻印と聖 命連の『肉体』。
 ・・・・すべて、私が作り出した・・・・虚像です。」








その言葉の意味を、俺はすぐには理解できなかった。


つづけ