東方幻想今日紀 六十七話  蜘蛛は青い糸を紡ぐ

畑道、月明かりは二人と乾いた地面を照らしていた。



狂気とも虚無とも付かぬ眩い月光は両者の光と影を如実に投影していた。





彼は強く、強く死を懇願した。



・・・理由は薄々わかっていた。



人一倍、人の気持ちがわかってて。

人一倍、人を思いやれて。

人一倍、誰かの幸せを強く願っていて。



人一倍・・・自分より人が大切で。






そんな彼が死を求める理由は・・・

・・・一つしか・・・・無いじゃないか・・・!!



「なんでっ・・・何でそんな事を・・・!」


息も整わず、涙に邪魔された言葉は、やはり震えていた。



その言葉を受けた彼は微笑んで服の袖をゆっくりと下げた。


やっぱり、そうだった。



金の陽光にはっきりと浮かび上がる、二本の横棒。


「二」だった。



わかっていた。そんなのわかっていた。


でも・・どこかで違うと思っていた。

いや、本当は信じたくなかっただけかも知れない。

こんなにも残酷な事実から、目を背けたかっただけなのかも知れない。

頭ではわかっていた。


全身で、心の底からその結論を否定していただけだった。




受け入れたくないその景色が、ひたすら頭の中で回っていた。

胸騒ぎの正体がこれだというのも、ほんの少しだけ前からわかっていた。




「・・・・できますか?」




彼の声を、まるで遠い鐘を聞く様な気分で聞いていた。


首を縦にも横にも振れなかった。



滴り落ちるお互いの涙は、あたかも砂時計の様だった。





命蓮さんは、軽く嘆息した。




「それでは・・・あなたを殺して・・・私も死にます。」






彼はあの時見た空中に七色の半透明の巻物を展開した。

その景色は、涙で紗が掛かってえも言われぬ色になっていた。


それはこの世の物とは思えぬ程・・・美しかった。




「リアさん・・・逃げて下さいっ!!」




彼は・・・誰に向かってその心の声を叫んだのだろうか。






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自分の立っている所の半径1mの地面が光り、波紋のように広がる。


およそ二秒くらいで空から光の柱が降って来る。


そして、円状に地面が消える。
奈落まで繋がる深い穴を残して。



俺はそれをひたすら避け続けていた。
どの位の間、それを避けて続けているかもわからない。




どうしてこうなったのだろう。



彼は・・俺を殺す気は無い。
こんなもの、体力が続く限り避けられる。


間隔を短く出来るのだろうが、それをしようとはしない。



間隔が短くなっている気がするのは、
俺の体力が限界に差し掛かって来ているからだ。




彼の腕には二の刻印。

間違い無く、このままだと命蓮寺の誰か四人が犠牲になる。




一人と四人が、天秤に掛かっていた。



そして彼は、一昨日、こんな事を言っていた。

刻印は付いている人が死ぬと誰にも移らず消えるそうだと。



あれは作り話だったのだろう。

彼にそんな事を確認できる術は無いのだから。



・・もしかしたら本当に消えるのかもしれない。

でも、そんな事はどうでも良かった。




考えるべきは・・・

・・彼が吐いた事も無い嘘まで吐いて、皆を守ろうとしている事だ。




彼のことだ。悩み抜くだけ悩み抜いたのだろう。


そして、自分だけを犠牲にして、他の皆が助かる道を選んだのだろう。



でも絶対に彼を殺したくない。
命蓮寺の誰かが消えるのも考えたくない。


・・・誰も殺したくなかった。


「・・・どうすれば良いんだよっ・・・!!」



俺はどちらかを選ばなくてはいけなかった。




究極の選択を迫られていた。





感覚の無くなった足で走りながら
そんな事を考えていると、地面が光った。

少しだけ足を速める。
そうでないと地面だけではなく自分まで消えてしまうからだ。


でも。


「しまっ・・・!?」



・・気付いた時には遅かった。
足が絡まって、尻餅をついてしまったのだ。



視界に映るもの全てがゆっくりと傾いていった。





俺は静かに目を閉じた。

・・一瞬が、永遠に感じた。







ーー今までありがとうーー



・・そんな言葉は、誰かに届くのだろうか。











しかし、いつまで経っても何も起こらない。




恐る恐る目を開けた。


「リアさんっ・・・!」


目の前には、命蓮さんの顔があった。
彼の顔は涙で歪んでいた。


彼の体温が伝わってくる。
鈴蘭の香りがした。



俺は彼に庇われたのだ。




彼は俺からすっと離れた。
鈴蘭の香りも消えた。




そして、月の様に眩く微笑んだ。









「さあ。」






















蒼い、細い蜘蛛の糸は、紗の繋った夜露を貫いた。























畑道、月明かりは一人と乾いた地面を照らしていた。




つづけ