東方幻想今日紀 六十五話  なんだかんだでも、やっぱり自分は

「そうか・・・そんな事があったのか・・。」
ナズーリンは俺の手に包帯を巻きながら言った。

俺は寺子屋から帰った後、広間で彼女に全容を話した。
彼女はそれを聞いて動揺したものの、
全部真面目に聞いてくれた。


彼女は包帯を巻き終わったあと、こんな事を口にした。

「君が消失する可能性も・・・あったと言ったな。」
「え・・・うん、言ったけど・・・。」

彼女はしっかりと俺を見据えて続ける。

「・・私はいけない奴だな・・・・。」
「え?」

彼女は突然突拍子もない事を言い出した。

「・・だって、君じゃなくて良かった、なんて思ってしまったのだから。
 ・・・失われる人命は・・・同じ数なのに・・・。」
「・・・ナズ・・・・。」

また泣きそうになってしまった。
居候の分際で、彼女にここまで言わせてしまったのだから。

ずっとここにいたい、なんて今まで飲み込んできた言葉も、
危うく声に出して彼女に伝えそうになってしまった位だ。

・・でも、いずれはここを出なくてはいけない。
本来、ここの人間じゃないのだから。

家族も友達も、向こうに残してきているのだから。

しかし、そんな考えも、次の言葉で更に揺さぶられた。

「・・ありがとう、今こうして私の前にいてくれて・・。」
「・・・っ・・!!」

耐え切れないほどの何かが胸の奥から込み上げてきた。

この気持ちは何なんだろう。
ここに来るまで誰にも、こんな気持ちを抱いた事がな
(スパーン)「リア君おかえりっっ!!」

勢いよく開けられたふすまの音、弾んだムラサさんの声。


「・・・えー、ごゆっくり・・。」

そして少しの間を置き、ゆっくりとふすまは閉められた。



ナズーリン、追おう。」
「無論だ。」




羽交い絞めにしたムラサさんを説得するのには苦労した。





ーーーーーーーーーーーーーーーー



事件から、半月が経った。



あの日から寺子屋の活気は一気に下がった。


グループの中心にいた睦月は消失。
ムードメーカーな皆の妹的存在の野狐は心と言葉を閉ざした。
彼女はしばらく慧音先生の家で療養することにしている。


授業は盛り上がらなくて、体育の時でさえ口数が少なかった。



そして、もう一つ気になることがあった。


不眠を訴えている生徒が増えているのだ。

寝ても寝た気がしない、そもそも寝れない、
などと症状はさまざま。

欠席も十六名の内必ず二人は互い違いに休むようになっていた。


大体休む子は前日に不眠を訴えていたから、
きっと休んでゆっくり寝ているのだろう。


・・それにしても妙だ。

命蓮寺でも眠れない人が多い。
眠れないだけならまだしも、
せっかく寝ても疲れが取れない人もいるのだ。

今はぬえと寅丸さん、聖さん、ムラサさんが
この数日、そんな状態になっていた。

この人数だからただ事ではない。


この異変と関係はあるのだろうか・・。



今起こっていることを整理すると、

人づて時限爆弾式の刻印。
獣妖怪がわらわら湧く。
人妖問わずの睡眠障害

これが今同時に起こっているのだ。


一人が全て起こしているのか、それともそれぞれ違う人か。


まだ解決の糸口が見つからないからどれも保留だが。


しかし、一番危ないのは刻印だろう。

最初は64人なら128人が被害に遭うと思っていた。
でも、そうじゃなかった。

消失したのは野狐のお父さん。
勿論俺は全く面識が無い。

でも、野狐があんなに深く心に傷を負ってしまった。
俺が至らなかったせいもあるかも知れない。

慧音先生にも影響が出た。
クラス全体に影響が出た。


つまり、人によっては二人どころでは無いという事だ。
悲しみの・・連鎖爆弾である。



なんて・・卑劣な手段なんだろう・・。

許せない、許せない。


そして誰かから一か二が回ってきたら、間違い無く誰かが蒸発する。
それは避けたい。一体どうしたものか・・・。


・・なんて事を湯船で考えていたら鼻血が出てきた。

「うわっ・・・どうしよう・・・!」

多分のぼせたのだろう。

とりあえず鼻の頭を押さえて・・・。
止まるのを待つことにしよう・・・。

・・・押さえること数分。
少し止まってきた・・かな?

手を離すとまた出てきたのでまた押さえた。


うわあ・・・お湯張り直さなきゃ・・・。
ちゃんと浴槽も洗わなくてはならない。血だし。

他の皆も入るんだから、完全に綺麗にしておかないと・・。
例えばナズーリンとか・・・


どうしよう。止まらなくなってしまった。


むしろ湯船を血で張り直せそうだ。
どうすれば止まるっ・・・!?







鼻血が止まらないまま三十分が経った。

さあて・・・そろそろ頭がくらくらしてきたぞ・・。
そろそろ出たいなあ・・・。

しかし、タオル巻けないから迂闊に出られない。
どうしたものか・・・。

「おーい、リア君、次私なんだけど?まだいる?」

気が付くと仕切りの外から丙さんが話しかけてきた。
ってことは・・・次丙さんなのか・・!

よし、何か・・タオルを投げ込んでもらおう。

「丙さんだよね?」
「そうだよー。」

「タオル投げてくれないかな?」
「鼻血?今裸なんだけどいいよね?」

「ごめん、その情報要らない。服着て投げて。」(ドクドクドクドク)
「あはは、もしかして興奮してる?」

「してないからタオルを隙間から投げ込んで!」(ドクドクドク)
「興奮してくれた方が嬉しいなっ。私も女だからね?
 撤回して本音を言ってくれないと・・そのまま入ってきて渡しちゃうよ?」


ひいいいい!!鬼か!



「ごめんなさい撤回します!凄く興奮してます!丙さんの裸見たいです!
 だから布を三枚持ってきて下さい!あと裸のまま入ってきて欲しいけど
 俺が失血死しそうになるからやめてください!」

「おい二人とも、そういうやり取りはもっと小さな声でやってくれ。
 特にリア・・・・なんて事を大声で叫んでいるんだ。」


仕切りの外の更に外から聞こえる冷静な・・・ナズーリンの声。




・・・ふ。



「誤解だああああああぁああ!!!!!」








食事中、ナズーリンの視線は冷たかった。
そしてもっと気になるのがそれ以外の皆の視線が総じて冷たいことだ。

お湯は張り直して血も完璧に拭いたはずなのに。

旬の野菜をふんだんに使った精進料理もおいしさが減ったと思う。

丙さんは終始ニヤニヤしていた。
本気で殴ってやりたかった。




気まずい食事を食べ終え、客間に戻った。
命蓮さんが先にいた。やはり本を読んでいた。

本のタイトルは桜の育て方。

桜って・・一から育てるものなの・・・?


命蓮さんって・・・読書家。

彼は俺が入ったことに気付くと、本をパタンと閉じた。
そして、底冷えのする声で、告げた。


何故かこちらを向かずに。


「・・さて、寺とは、どういう所か教えなければなりませんね。」




「・・・何のことです・・・かね?」

微笑んでいるのが逆に怖かった。
目が一切笑っていないのも俺の恐怖を助長させた。

「煩悩を・・・大声で言う所ではないということから始めましょうか?」
「あは・・・・ははは・・はは・・。」

自分の顔が引きつっているのが良くわかった。




二時間あまり、俺は説教された。正座で。
別に正座を強要された訳じゃない。
彼がずっと正座だっただけなんです。しかも座布団無しで。
話の要点は一貫していたので最終的には三周した。


ごめんなさい、命蓮さん。
有り難い有り難いしつこくて痺れる様な説教ではなく、
俺と丙さんを全力で殴って欲しかったです。

勿論、俺:丙さん 1:99 の力加減と回数で。

それも俺は巻物で、丙さんはこん棒か何かでお願いしたいです。


あとずっと優しい口調で言ってたので
後半は眠くて仕方が無かったです。



その後、命蓮さんは俺の分も一緒に布団を敷いて寝た。
やっぱり、善い人なんだろうけど・・・正義感強すぎてなぁ・・。

お礼を言って、足を揉みながらそんな事を考えた。

さて、俺も寝ようかな。


明かりを消そうとしたとき、あるものが目に入った。

それは、枕のそばにあった・・軽くクセのある一本の銀色の髪の毛。

「・・・。」


恐らく、今まで枕のどこかに引っかかってて今さっき落ちたのだろう。
俺が寝ている・・あの十日間の・・どこかで落ちたのかもしれない。

「・・・どうしたんですか?」
「ううん。なんでもないです。寝ましょう。」

「そう・・ですか・・。」
「はい。」



俺は明かりを消した。


その銀の糸を枕のそばに置いて。




つづけ