東方幻想今日紀 六十話 『五』

「んっ・・・。」


目が覚めた。頭がぼんやりする。
一体どれくらい眠っていたんだろうか。
彼我さんにも会うことは無かった。
多分、向こうの意思で会えたり会えなかったりするのだから、
向こうが会いたがっていないのだろう。

ますます異変の黒幕のような気がしてきた。
恩を売って口止め・・・か。手段が汚いなあ。

いや、まだ彼我さんとは限らない。
これはあくまでも憶測。簡単に人を疑うべきじゃない。

・・ふう。

俺、図書館で倒れて・・・・その先が思い出せない。
そもそも何で倒れたんだっけ・・・?
わからないなあ・・・。

周りを見回すと畳張りの見慣れた客間だった。
そう、いつもここで寝ている場所だ。今は命蓮さんと一緒に。

何も変わったことは無い。

・・時計に目をやると短針が八時の辺りを指していた。

恐らく紅魔館でぶっ倒れたのは五時位だから、
三時間ほど眠っていた事になる。
一体誰か運んでくれたのだろうか・・・?

結構遠いから紅魔館の人じゃ無さそうだし・・。


そこまで考えたところで、ゆっくりとふすまが開いた。


・・そこにはネズミ耳の良く知る顔がいた。
彼女は俺を信じられない物を見る様な眼差しで俺を見つめた。

・・何だか、凄く久しぶりに見た気がする。
たった、わずか半日ぶりなのに。
彼女もそれは同じだったみたいだ。


「ナズー・・・」
「・・・おい大変だ!リアが目を覚ましたぞ!!!」

彼女は俺を少し見た後、すぐに立ち上がり、
階下へ駆け下りながら声高に叫んだ。

・・とても尋常な光景ではなかった。

・・・え、おい。何だよその反応は。
まるで死人が生き返ったみたいな反応じゃないか。


少しして彼女は息を切らして戻ってきた。

肩で呼吸をしている。
一体何事!?何この騒ぎは?

間髪入れず彼女は俺に近寄り、その小さな手で俺の手を握った。


「えっ・・!!?え・・・?」

目の前で起こっている事が本当に訳がわからない。
緊張のあまり顔が紅潮し、硬直していた。

「リアっ・・!!!よかった・・・!
 このまま目を覚まさないかと思っていたんだ・・・!
 私はっ・・・私はっ・・!!」

一方彼女は何かを訴えるような、もどかしさを含んだ目で
切々と俺に問いかけた。

大きめの目には涙を湛えていた。


このまま・・目を・・?
一体彼女は何を言っているんだ!?
あと何でナズーリンは涙目なの!?

訳のわからないまま、他の皆もぞろぞろと来た。

「うわ、ホントだ・・・起きてるよ・・・。」
「リア君、随分と困惑してるねえ。ちょっと面白いなっ。」
「元気そうで何よりです。」
「・・・絵になりますねえ・・・。」
「あはは、二人とも若いですねえ・・。」
「いや、片方は人間尺度だと凄い年齢なんだけど・・。」

皆が口々に言う。
その言葉のどれもが全く身に覚えが無かった。


「ねえナズ、リア君困惑してるから手を離してあげたら?」

ムラサさんが少し含み笑いをしながら指摘する。
指摘されたナズーリンは、ハッとして手を離した。
そして一言。

「わっ・・・君なんかの手を握ってしまったよ・・。」


泣きそう。

えー、そっちから握ってきたくせに・・・。
いやまあ・・・咄嗟の出来事だったから
仕様が無いかもしれない。

というか本当に涙出てきそうだよ。堪えろ俺・・。


「ねぇ・・いくらなんでもあれはまずいんじゃない・・?」
「うるさい・・・わかってるんだそんな事・・うう・・。」

一方ナズーリンは少し離れたところで目を伏せて
ムラサさんとひそひそ離していた。何話してるんだろう・・。
気のせいか葬式みたいな雰囲気を
ナズーリンのほうは醸し出してるし。


さて・・・この状況の説明を誰かから・・・ん?


どたどたどた、という騒々しい足音が階下から上がってくる。

誰だろう・・・。

わずかに間があり、開いたふすまから水色の髪の少女が見えた。
これも良く知る顔。小傘だ。


彼女は俺を見つけると間を入れずに俺に近寄り、
これでもかと言わんばかりに俺を抱きしめてきた。

「リアくううんっっ!!!!!」
「ちょっ・・おまっ@★ぁ!?」


何が起こってるんだ・・・?
凄くいい匂いで・・・なにこれあったかい・・・。
何だか柔らかいものが体に当たって・・・・

なに、え?どういうこと・・・?


「やっと目を覚ましたんだ、リアくんっ・・リアくんっ・・!!
 もう私心配で心配で心配でっ・・!よかったよお・・・。」

彼女の特徴的なオッドアイからは
大粒の涙がぼろぼろこぼれていた。


頭が真っ白になった。

ちょっと待て、今の状況を整理しよう。

目を覚ましたら皆懐かしがってたり安堵したりしている。
どういう訳かナズーリンに嫌われた。
小傘に抱き付かれている。

つまり・・・


・・小傘のいいにおいでもふもふで・・・って違う!


駄目だ!頭が働かない!何これどういうこと!?

「ご主人・・・私をっ・・私を一思いに殺してくれ・・頼む。」
ナズーリン、落ち着いてください。」

ナズーリンが遠くで突拍子も無い事言ってるし・・。

「小傘・・・もう放してやったら?リアが死ぬぞ?
 というよりもう半殺しだな・・・」

諭すようなぬえの声。

小傘は思い出したように短い呼吸ともつかぬ声を上げ、
俺から慌てて離れた。


「ご、ごめんね!嬉しくってつい・・・。
 本当に悪気は無かったの・・。」

「いいりょ、うん、いい・・・っよ。」
「おい、呂律を回せ。というか落ち着け。」

はあ、びっくりした・・何が起こったのかと・・・。

というか・・・この反応絶対三時間寝てた感じじゃなくない?

気になったのでぬえに訊いてみる。

「あのさ、俺もしかして・・日をまたいで寝てた?」
「あー、その感じなら仕方ないか・・・聖。」

呼ばれた聖さんは前に出てきて、神妙な表情で告げた。

「はい。リア君、あなたは十日間、ずっと寝ていたのですよ。
 しかも、呼吸も切れ切れで・・息が止まった時もありました。」
「うそっ!!?」
「いえ、残念ながら・・本当なのです。私も心配しましたよ。
 でも、この様子なら納得できるでしょうか?」

おっとりと、しかし芯のある声で問う聖さん。

「・・・はい。」

そうか・・この騒ぎは俺がそんな状態に
十日間もなっていたからか・・。

でも、凄く嬉しかった。
ここの一員として、皆心配してくれたんだ。

まるで家族みたいだな、って思い上がった事も浮かんだ。
でも、思い上がっちゃいけない。
俺はただの居候。いずれはここから出て行かなければならない。

それまでに何か残していけたら・・。
この優しく、暖かい人の恩に報いられたらなあ・・。

何か、俺に出来ることを探すのも俺の仕事だ。

「・・おい、聞いてるか?いや、聞いてなくても良い。
 私が殴って引き戻す。」
「ぬえちゃんやめて!もっと良い方法があるから!ね?」

「・・聞こえた!今聞こえたから!」
危ない。殴られるところだった。

ぬえさんは腕を組んでつぶやく様に告げた。
「・・・じゃあ良く聞け。気持ち悪い事がわかったんだ。」
「気持ち・・悪いこと・・?」

一体何だろう。

「これを見てください。」
聖さんが急に腕まくりをした。
少しふっくらした白い腕に一瞬ドキッとした。

・・でも、そんな事はすぐに頭から消えた。


・・・彼女の腕にもまた、「五」の刻印があったからだ。


凍りついた表情は、到底俺には隠せ無かった。

つづけ