東方幻想今日紀 五十九話  妖怪化への恐怖

「うそっ・・・・なんで・・・?」
「落ち着くのよ。すぐどうこうなるものじゃないんでしょ?」

・・・俺の右腕には間違いない、あの刻印が入っていた。
命蓮さんより一少ない数字が打ち込まれていた。

命蓮寺にいた時はこんなの無かったのに・・・。

パチュリーさん、これ・・・どう思いますか?」
「私にはわからないわ。その経緯も見ていない。
 ・・でもその命蓮って人はあなたの友人でしょ?」

「・・・どうなんでしょう・・人として尊敬してますけど・・」

友達というのはおこがましいかも知れない。
あの人はあくまでも高僧だし・・・。

「そういう事じゃなくて・・・まあいいわ。
 とりあえず私にもわからないから様子見ね。
 まだ何にもその刻印で悪い影響は出ていないんだし・・・。」

「・・・異変を解決するついでにあの狢を叩けば消えるかな?」
「自殺するなら止めないわよ。がんばって。」

「・・・え、何でですか?」

パチュリーさんは深いため息をついて淡々と告げた。

「はあ・・・そんなのもわからないの?
 ・・いい?相手はあの博麗の巫女を葬った狢と、
 そいつの封印を解いて利用しようとする奴よ?
 組んでいる可能性もあるし・・・・。
 正しく、『同じ穴の狢』ってところね・・・。」


誰がうまい事を言えと。
ドヤ顔という表現が適切だろうか、得意気な顔が腹立つ。


パチュリーさんはまだ続ける。

「・・そうね、大妖怪は身近に居ないから解らないけど、
 中妖怪が束になっても話にならないんじゃないかしら?
 あなたは人間だから尚更ね。
 そもそも博麗の巫女を一方的に下せるなんて、そんなの
 幻想郷住人かどうかも怪しいわ。ちょっと想像が付かない。
 ・・どうしても何とかしたいのならその狢の弱点を
 探すしか無いわね。ちなみに私は知らないわ。」


あ・・・訊こうと思ってたのに弱点・・。
あの大量の本の知識が殆どあるいは全部入ってるであろう
パチュリーさんがわからないのなら
自分たちに弱点を探す術は無いかもしれない。

・・でもそこまでして刻印を消す必要も無いし。
そもそも刻印の原因が狢とは限らないし。

じゃあ、やっぱりパチュリーさんの言うとおり、
少し様子見かなあ・・・。

でもあんなのがわらわら沸く前兆というと看過出来無いし。

・・でも誰が・・?

少し考えた。

ここに来てたった一ヶ月。
思い当たる人なんていない・・・あ。


・・彼我さん・・・・。

あの人は行動を起こすと予告していたな。
何かは言わなかったけれど、恐らく・・・。
これの事なんじゃないだろうか。
封印を解いた張本人じゃないんだろうか。

あくまでも憶測なのだが、その可能性は高い。
・・でも、口止めを受けている。
皆に言ったら命蓮寺の皆も危害が加えられるかもしれない。

そんな事は許されない。
・・・ただ黙って待っているしかないのか・・。


やっぱり、俺は何も出来ないのかな・・。
自分の無力さに、呆れた。

歯軋りの音が口からこぼれた。

誰もこの状況を止められないのかな・・。

・・いや、博麗の巫女、霊夢さんがいるな。異変解決専門の。
あの人ならきっと大丈夫だろう。
だって、敵味方に容赦無さそうだし。

・・やっぱり、様子を見て事が起こるのを待つか。

「ねえ、そういえば・・・・」
「?」

そこまで考えたところで、
パチュリーさんが思い出したように口火を切った。

「レミィとはいつから知り合いだったの?」

「え、れみ・・・・ああ、レミリアさんか。
 ・・なんでそんな事訊くんですか?」

思わぬ質問に一瞬面食らった。
そもそも何で前からの知り合いという前提なんだろうか?

「だってレミィが紅魔館に上げる人間なんて
 よっぽど親しい人だけだもの。でも、あんたの話は今まで
 レミィの口から聞いたことが無い。・・で、いつ?」

え?そうなの?結構初対面にも普通に話すと思ってた・・。

「さっき会ったばっかりですけど・・・。」
「うそっ!?」
「え?」

細めな目のパチュリーさんが目を丸くして驚いていた。
というかリアクション薄い人だったのにこんなに驚くとは。

「どうやったの?たくさんの良質の人間でも貢いだの?」

身を乗り出してとんでもない事をおっしゃるパチュリーさん。
んな事できるか。刀使えば物理的には出来そうだけど。

「いや、してません。」
「じゃあ、人質でも取ったの?咲夜とか・・・。
 あ、咲夜はここのメイド長ね。」

ああ、乱暴な方法だけど俺を助けてくれた人か。
無理無理!あの人を人質に取れるわけが無い。殺られる。

「いや、してません。」
「じゃあ、恋人!??」
「さっき会ったばっかりといったでしょうに。」

パチュリーさんのテンションが確実に上がっている。
テンションがかみ合っていないなあ・・。

全く、さっきまであんなに物静かな感じだったんだけどなあ・・。
でも、打ち解けたのは良い事だ。
何だかんだ言って聞きたいこと全部教えてくれたし。

やっぱりこの人はいい人ばかりなのかな。

・・幻想郷は暖かいなあ。
・・・でも、やっぱり故郷に戻りたい気持ちも大きい。

・・・妖怪化する前には戻りた・・・

妖怪化!!!!
やばい、それを聞かなくてどうする!
完全に忘れていた。
急いで彼女に訊いてみた。
これまでの経緯を丸ごと話した。

しかし、彼女は外来人の妖怪化の事については知らないと言った。
そもそも知っている外来人が殆どいないとの事だ。

・・つまり、妖怪化については保留。

残念だけど、こればっかりはしょうがないか。
ふっとため息をついて割れた窓の外を見た。

・・・宝石箱をひっくり返したような星々が窓の外から見えた。
綺麗だなあ・・・空は快晴で・・・。

・・って、もう夜!!?

「すいません、もう帰らなきゃ・・・。」

こんなに長く居たのかここに・・!
俺は椅子から立ち上がり、扉に向かった。

「わかった、また何か用があったらここに来る事ね。
 暇なときは相談に乗ってあげるから。」

後から事実上のここに来る許可をもらった。
俺は後ろを向き、笑って手を振った。

扉に手をかけたとき、あることに気が付いた。

・・・体が全快していたのだ。
さっきまで満身創痍で歩くのもしんどかったのに・・。
今では違和感一つ無い。

ふと、シャクナゲさんに言われたことが頭に過ぎった。







ーー妖怪は総じて、自然治癒力が非常に高いんですーー



その言葉が聞こえた瞬間、頭に響き渡り、俺は絶叫していた。
背筋がぞくぞくしていた。吐き気がしていた。



「ちょっと・・・どうしたの・・・?」



かすかに、何かが聞こえた。


そんな暇もあらばこそ、俺の手は扉を離れ、
視界に移るものが全てスローになって上へ昇っていった。
鈍い音が床に響いた。叩き付けられるような感触。
冷たい床の感触もすぐに消え、何も感じなくなった。


つづけ