東方幻想今日紀 五十八話 刻印の「五」

大図書館に静かに響くお互いの呼吸音。
そして、片方の呼吸の音はだんだん大きく浅くなってきている。

・・・そう、その片方は今机にだるそうに突っ伏している
この図書館の主パチュリーさんだ。喘息持ち。

・・で、喘息持ってるのなら
あんな文章量一気に読まなきゃいいのに・・。
大丈夫かなあ・・・・。

「あの・・・辛そうですね・・・?」

「・・・おさまる・・・まで放っておいて・・。」

大変だ。パチュリーさんが虫の息だ。
・・どう見ても収まりそうに無いんですが・・。

そういえばまだ刻印について訊いていなかった。
彼女の呼吸が戻ったらまた訊いてみよう。

とりあえずぜえぜえと苦しそうな呼吸音をBGMに
さっきの文献の言葉を反芻してみた。


・・そう、あそこに書いてあるような事が
今起こっているのだろう。

狛犬や唐獅子が目撃されているそうだし。

・・まさに悪夢の様な状況なのだろうか。
そうじゃないにせよ、最悪そうなることは容易に想像が付く。


二匹ですらあんなに手こずったのに大量に沸いて来たのなら
そりゃ村の一つや二つはあっという間に壊滅するだろう。

しかし、それは1200年以上前の話。
・・・じゃあ、どうして今それが起こっている?

・・狢の封印の効果が切れた・・・・・?

何にだって期限というものがある。
千年以上前の話なんだ。封印が切れててもおかしくないだろう。

という事は自然消滅だろうか・・・?
パチュリーさんに意見を聞いてみよう。

・・彼女は大分息切れが収まってきている。
恐らくもう普通に喋れるのではないのだろうか。

上体を起こして幾分か血色も戻った彼女に
自分の考察と気になることを訊いてみた。

「あのー、千年も前の話ですし、封印が自然に切れた、
 なんて事ではないんですか?その異変は・・・・。」

俺がそう言うと彼女はふっと笑って眉根を寄せた。
軽く見下しているようにも見えなくも無い。

「悪くないけど読みが浅い。代々妖怪退治の職に就く
 博麗の巫女がとっさとは言え命を賭けて封印したものが
 千年や二千年なんかで勝手に解ける訳が無いわ。」

なるほど。確かにそうだ。
四桁単位の妖怪がごろごろいるこの地での封印が
千年で解けるのならばそれこそ時間稼ぎにしかならない。

「・・でも・・何故封印が?」
「そうね・・・私は実際に見ていないから
 それについては何とも言えないけれど、恐らく・・・
 ・・封印は何者かの手によって解かれたんじゃないかしら?
 ・・それも、その狢よりも更に強力な者の手によって。」

・・何者かに・・・?
・・しかも、博麗の巫女を死に追いやった狢よりも
更に強力な・・・?

とても信じがたかった。
だから思わず聞き返してしまった。

「な、何でそんな事がわかるんですか!?」

パチュリーさんは首を軽く横に振って俺を斜めに見据えた。

「・・まあ、ちょっと考えればわかることね。
 あの狢は強力な封印で封じ込められた。そこまではいいの。
 でもその封印は恐らく自然に解けるものではない。
 じゃあ、やっぱりそれを解いた者がいる。
 きっとそいつはその狢をも凌駕する実力の持ち主ね。
 少なくとも自分より強い、心を喰らう獣の封印を悪戯に
 解く様な輩はいないでしょ?心を喰われるのが結末。」

「なるほど・・・わかりやすいです・・・。」

「そうでしょそうでしょ?・・で、巫女は本来・・」

得意気に指を一本ピンと立てて説明するパチュリーさん。
・・しっかし・・・言ってることは凄く納得できるのに。

・・なんかこの人得意気になりすぎて薀蓄を語りだした。
でもいい人だな。
聞きたい事をしっかり教えてくれた。

・・そういえばもう一つ聞きたいことがあったんだった。

「あのー・・・もう一ついいですか?」
「え?・・・ああ、いいわ。何でも聞いて。
 右から左へ流すように簡単に答えてあげる。」

完全に調子に乗ってるなあ・・・。

・・でもこういう空気の方が訊き易いし、いいか。

俺は唐獅子にかまれた際に
命蓮さんに入った刻印について話した。

「漢数字で六・・こんな感じで?」
俺の話を聞いたパチュリーさんは俺の腕の辺りを指さして
少し怪訝そうに言った。

「・・・こんな・・感じとは・・?」
「え?ほら、刻印ってこういうのでしょ?」
「えっ?」

あわててパチュリーさんが指を指している腕の部位を見た。


それを見て絶句した。



・・破れた服の隙間から見える腕には
あの字体の漢数字ではっきりと「五」と打ってあった。


「・・これはっ・・!?」
「え、これに気付かなかったの今まで・・?」


・・・何・・これ・・・。いつの間に・・?

命蓮さんの物とは数字が違う。
彼の刻印は「六」だったが、俺の腕に入っていた数字は「五」。

・・・これは一体・・・!?




つづけ