東方幻想今日紀 五十七話  喘息お姉さんの読み聞かせ

「・・ここに掛けて。」
「あ、ありがとうございます・・。」

魔理沙さんが清清しいほどの勢いで窓を破って出て行った後、
俺は本来の目的を果たす為にパチュリーさんに話しかけた。

俺が用があると言ったら、パチュリーさんは
図書館にあるテーブルまで案内してくれた。

こんなところがあったんだなこの図書館・・。気付かなかった。

・・椅子まで用意してくれた。ほとんど無言で。

指示された場所に座り、向かい合って座ることになった。

・・そして、彼女がぶっきらぼうに口を開く。


「・・で、聞きたいことは何なの?」
「・・それは・・・」

俺は異形の化け物が現れる異変について話した。
・・・そう、唐獅子とか、狛犬とか・・。
そんなのがわらわら出てくるらしい、と言った

・・すると、彼女から意外な反応が返ってきた。

「・・そんなことが起きているの・?
 ・・かつて、そんな事があったという資料が
 あったわね・・。待ってて、今持って来る。」

パチュリーさんは思い出したように席を立った。
そして、すぐさま本棚の梯子を上っていった。

・・俺は少し呆然としていた。

・・ちょっと予想外な反応。
てっきりレミリアさんみたいに知ってても
知らないと突き放すのかと思った。

いや、レミリアさんは本当に知らないのかもしれないけど。


・・・暇だなあ・・・。
本を読める許可をもらっていれば読めたかも。
いや、文字がわからないから読めないか。

・・・しかし、本棚がいっぱいあるなあ・・・。

図書館の中は薄暗い。といっても遠くが見えないだけだ。
本を読むのは勿論、本を少しの所から
探すくらいは出来そうな明るさだ。

向こうの本棚に眼をやっていると
一つの近づいてくる人影に目が行った。

・・あれ?もう戻ってきた・・?
・・いや違う、さっきの司書さんだ。

彼女は戸惑った様子だったが、
こちらを見つけるとすぐに駆けつけてきた。

そして、息切れした様子も無く、こちらに話しかけてきた。

「あ、休憩中ですか?」
「・・ええ、そんなところ・・・ですかね?」

休憩といえば休憩かもしれない。
パチュリーさんが戻ってくるまでの間、
傷付いた体を休める事も出来るだろう。

司書さんはしゃがんで椅子に座った俺に目を合わせて続けた。

「そうですか・・・。私も中々見つからなくて・・。
 私も少し、ここで休憩しますね。」

そう言って彼女は俺の少し横の椅子に腰掛けた。

・・・あれ?見つからない・・?
そういえば・・・一緒に探していたんだっけ・・。

・・という事は・・ずっといる筈の無い所を
この人はうろうろしていた!?

・・やばい、見つけた時点で知らせに行くべきだった。
完全に俺の落ち度だ。無駄な手間を掛けさせてしまった。

謝罪しなきゃ・・・。

「あ、あのー・・。」
「?どうしました?」

パチュリーさん、いました・・。」
「ああ、見つかりましたか!良かったあ・・・。」
「あ、ええ・・よかった・・・です。」

・・謝罪するタイミングを逃した・・。


・・・彼女は安堵の表情を浮かべている。
じゃあ・・・いいかな、謝罪なんかしなくても・・。

いや、いい訳が無い。きちんと謝らなきゃ。
息を整えて・・・。

「・・・あの、見つけた時点で報告していれば
 良かったですよね・・すみません、忘れていて・・。」

・・今度はきちんと言えた。

「どうして謝るんですか?」
彼女はさも意外、といった様子でこちらに問い返した。

「え?・・・だって、余計に手間取らせたじゃないですか。」

「何言ってるんですか、いいんですよそんな事。
 それよりも、体の弱いパチュリー様を逸早く
 見つけて下さって感謝してます。ありがとうございます。」

恭しい態度で微笑みながら言われた優しい言葉。
何て心が広いんだろう。

「・・誰の体が弱いの?」

後ろからつまらなそうなふくれた声。
ってえええ?もう後ろにいた?
気配を感じなかった・・・。

「・・あ、パチュリー様すみません、つい本音が・・。」
「いや、質悪いわね・・何か弁解してよ。」
「えーと、お体が弱い?」

「いや、『お』を付けただけじゃない。
 ・・はあ、まあいいわ。本棚の本、
 こあに片付けといて欲しいんだけど・・。
 あ、倒れている本棚はあっち。お願いしていい?」

「あ、はい、了解です!」

あの司書さんはこあって呼ばれていた。
愛称なのか本名なのか・・・。

というかあの量の本を片付けるって・・日が暮れるだろう。

少し考えているとパチュリーさんは俺の横の椅子に腰掛けた。
そして、手に持っていた分厚い本を開いて、
ページをめくり始めた。
どうやらその文献を探しているらしい。

・・やがて、彼女の手が止まり、
あるページを開いて俺に見せた。

「・・さあ、ここに書いてあるのがそれよ。」

・・読めないんですけど。

「・・文字がわかりません・・・。」
「じゃあ、推測は出来る?挿絵とかから。」

・・挿絵・・。

そのページを見て、少しだけ、背筋が凍った。


まるで百鬼夜行だった。
狛犬、唐獅子、妖虎。
大量の妖怪が湧き上がるようにして群がっている。



・・この世の終わりを連想させるような。
・・そう喩えるならば、その光景は悪夢だった。


「・・ふふ、声も出てないみたいね。
 ・・この記事、読んであげようか?」

その声ではっと我に帰った。

「・・あ、お願いします!」

「いいわ。良く聞いていてね。一息で言うわ。
 今日は喘息の調子がいいから。」

彼女は軽く深呼吸してから、
言葉を紡ぎ上げるようにしてその記事を読み上げた。



これは今から千二百余年前の話・・・
妖怪の山付近から、大量の四足の獣の妖怪が出てきた。
そして、民家や他の妖怪を襲い、壊滅した村がいくつも出た。
その妖怪は、いずれも人の形ではなく、獣そのもの。
また、鬼火も纏う事は無かった。

数多の妖怪退治師が集って事の消化に当たったが、
妖怪退治師が減っていくだけで事は解決の気配を見せない。
無限に沸くように、定期的に一定数が出没した。
耐えかねてある大きな村の村長が博麗の巫女に解決を頼んだ。
しかし、頼みに行った村長は巫女嫌いで有名で、
その話は博麗の巫女の耳にも入っているほどだったのだ。
村長は博麗神社に行き、巫女に会った。
 
そこで彼が最初に取った行動は土下座だった。
巫女は後に語った。彼は涙を流して必死に懇願していたと。
巫女は心を打たれ、本気を出して事の消化にあたった。
彼女は無尽蔵に定期的に出てくるのは妖怪の山に
親玉がいるからだと考えた。

事実その読みは当たっていた。小さな化け狢がいたのだ。
しかし、その狢は人の心を食らい、文化を侵す狢だった。

そして、強者だった巫女も手に負えないほど強力だった。
巫女は心を食らわれる直前に、自分ごとその狢を封じた。
妖怪の山のどこかにその封じたお札が埋まっている。
それは巫女とその巫女が命を賭けて封印した狢であると。
そして、その札には、巫女の村長への感謝の気持ち、
そしていつかこの札を完全に本当に強い者に因って
消し去って欲しいと書いてあるという・・・






彼女は休み休み、ゆっくりと、しかし絶え間なく
これだけの文章を読みきった。


パチュリーさんは読み終えると
とても深いため息をついて机に突っ伏した。

・・少しの間、俺の耳には彼女の浅い呼吸と
俺の静かな呼吸の音のみが入ってくることになった。


つづけ