東方幻想今日紀 五十二話  頭の足りない門破り

「・・さあ、始めましょう。」

「・・そうですね。しかし、ただ戦っては
 殺し合いになってしまいます。それは良くありません。
 だから規定を設けましょう。
 あくまでも私はあなたを追い返すだけですから。」

門番さんは毅然と言う。


「規定ですか。こちらで決めてもいいですか?
 せめてもの情け・・・挑戦者に選ばせて下さい。」

俺がそう言うと彼女はふっと笑みを浮かべた。

「そうですね。こういうのを良く解っていますね。
 ・・では、規定を決めてください。待ちますよ。」

どうやら門番さんは格闘家である一方、
人の情や優しさ、理性を兼ね備えた人のようだ。

・・よし、いける。
これで確信した。


ルール。そんなの最初から決まっている。

「そうですね。では、こうしましょう。
 単純な殴り合いです。蹴っても構いません。
 どちらかが死ぬまで・・・戦います。どうですか?」

死ぬ、という言葉を耳にした瞬間その門番さんは目を丸くした。


間違いない。

彼女は俺がこの戦いに掛けていることを察したのだ。
直後に彼女は平静を取り繕い、こう言った。

「わかりました。それで良いんですね。」
「ええ・・構いません。」


その門番さんは構えた。
・・その構えから恐らく中国拳法を基調にしたものと
容易に予測できた。


しばしの沈黙。
しばしのにらみ合い。お互いの様子を伺っている。

自分の固唾をのむ音が聞こえた。
心臓が高鳴っている。


最初にそれを破ったのは、俺。
・・この勝負は、負けるとわかっているからだ。


そう、負けなければ意味が無い。


俺はいきなり彼女に突進した。
彼女はかわそうとしたが、俺は急に停止し、
サイドステップをした。

・・が、それを読んだのか見て反応したのか、
その瞬間俺の鳩尾に彼女の綺麗な白い膝が入っていた。

「ふあっ・・・。」

口から鮮血が出る。
五mほど吹き飛ばされ、思い切り背中から叩きつけられた。
腕から聞いたことの無い嫌な音がした。

「えっ・・・」

・・普通なら起き上がれないはずだ。
・・しかし、起き上がれる。戦える。

幸いというのか、やはりと言うべきか、痛みも少ない。
普通なら悶えて起き上がれないのだが。

「な・・なんで起き上がれるんですか・・!?」
「・・どうしても・・先に進みたいからです。」

彼女は少し驚いたあと、再び顔を引き締めて構えを取った。


・・さっきより、少し崩した構えで。
その一連の流れから察するにあの動揺には
こっちが素人と解ったのもあるのだろう。


口の血を拭い、再び彼女に向き直った。
今度はサイドステップを繰り返し、
彼女の前で大きく踏み込み、ジャブをかました。
軽く避けられ、今度は左ストレートを出す。

相手が左に回り込む気配を感じたので、
真後ろに回し蹴りを叩き込もうとした。

・・が、俺の体は宙を舞い、視界が360度回転した。
そして、叩きつけられる。背負い投げだ。
今度は背中を激痛が走る。

「・・うああぁ・・ああっ・・!!」

どうして・・?
どうしてこの程度でこんなに痛いんだ・・・?

だが・・まだ立てる。この程度じゃ・・・

「・・もうやめてください。あなたは私に勝てません。
 このままでは・・・本当に死んでしまいます。」

諭すような、訴えるような彼女の声。

「・・規定を決めたじゃないですか。」

「だからと言って、私はあなたを殺したい訳ではないのです。
 あなたを追い返すのが目的なのです。
 このままだと、あなたに得はありません。」

「俺が降参するまで、やめません。」

「いいえ、あなたが降参をしないと・・・死ぬだけの話です。
 私は・・無益な殺生はしたくないのです!
 お願い、降参して立ち去ってください!」

必死に懇願する門番さん。
ごめんなさい。俺の心は一つなのです。

・・そして、狙い通りなのです。

「嫌です。」
「もう・・知りませんっ・・!!」

彼女は冷静さを欠いている。他人の怪我なのに。
肩が脱臼し、服が傷だらけ、見るからに満身創痍だ。
そんな少年が、命を賭けて自分に挑む。勝てる訳が無いのに。

人の心があるのなら、平静でいられるはずが無い。

・・そう、俺の目的は・・交渉。

ただの交渉では事情を説明しようが門前払いだろう。
何故なら、片方の目的は自分がもとの世界に帰る事なのだから。
それも、手がかりを見つけるためだけに。見つかる保証も無い。

そんな理由で、侵入者を入れるはずが無い。
だから、熱意を明確にする必要があった。

具体的な方法は、できるだけ傷だらけになることだ。
そして、向こうが耐え切れなくなって折れる。

俺の身体能力は人間そのものだ。
でも、脳は少なくとも違うはずだ。

だから、結果的には瀕死の重傷でも、動ける。
勿論、体は人間そのものだから限界を超えるとあっさり死ぬ。

そもそも人間は痛みがあるおかげで死ににくい。
だから限界に近くなると痛みで動けなくなる。
危険のシグナル、即ち緊急信号になるわけだ。

しかし、今の俺はリミッターが外れてるも同然。
限界まで・・・戦うことも可能だ。

つまり、痛みで動けなくある範囲と
限界を超えて死ぬ範囲。
この狭間を維持しつつ戦う必要があった。

唐獅子との戦闘で、
あの状態までは死なないことはわかっていた。

だから、まだある程度は大丈夫だ。



今度は俺は直線的に走った。
そのままストレートに殴りかかる。

彼女はかわす。しかし、攻撃に移らず距離をとって様子を見る。
また攻撃も仕掛けるがひたすら避けている。


・・なるほど。消耗で力尽きるのを待つ作戦か。
そうすれば体力切れでギブアップすることになる。

・・そろそろ、仕掛けるか・・・。


「・・どうしました?さっきから同じ動きばかりですよ?」
「・・・。」

確かにそうだ。
ずっと門番さんに踏み込んだ後、ストレートを打って、
踏み込んでミドルキック、そしてすぐに距離をとるように
跳び下がりを繰り返しているのだから。

・・もちろん、わざと。
今度はミドルキックを打った後、飛び下がらず、
少しだけ、ほんの少しだけ間をおいて
体当たりをするように頭突きを仕掛けた。

「しまっ・・・!!」

予期せぬ攻撃に動揺したのか、彼女はかわせなかった。

鈍くて、大きな音が辺りに響き渡る。
そう、彼女の肩に俺は頭突きをしたのだ。


綺麗なクリーンヒット。
俺はその場に力の抜けた声を出して倒れこんだ。


「・・・・はあぁああ。」
「・・え?」

頭が真っ白になった。

空が見える。蒼い空だ。

しかし、左半分の空は真っ赤だ。
激しい吐き気が襲ってきた。

少しして、世界が白いもやに包まれた。

頭の方で、血液が脈打っているのが感じ取れた。


ああ、門番さんの叫びが聞こえる。
・・こんなはずじゃなかった。

加減を誤ったのだろう。死ぬ・・のか・・俺は・・・。


やがてもやは霧に代わり、濃霧に変わった。
俺の意識も、濃く深い霧に隠され・・・消えた。


つづけ