東方幻想今日紀 四十六話  余命ゼロ年


シャクナゲさん・・・どうしてここに?」

俺が顔を上げ、涙を拭ったあとに見た
シャクナゲさんの顔は、以前お世話になった時と
何ら変わりの無い穏やかな顔だった。魔方陣も無い。

「僕の家はこの近くですよ?」
「え?そうなんですか?」

良く見ると周りの景色はシャクナゲさんの家に近い場所だった。
ああ、どこかで見た様な気がしたのはそのせいだったのか。

「・・・あっ、命蓮さんは!?」
「あ。倒れてる彼ですね?忘れてました。」

忘れちゃいけなかったよね、お互い。

シャクナゲさんと俺とぬえさんが彼に駆け寄る。

シャクナゲさんが寝息を立てている
彼の様子を見て、言った。

「・・寝てますね。治療は後でいいですね。
 ・・では、彼を宿の方に運んできます。」
「はい、行ってらっしゃい。」

安堵した。よかったあ、無事で。
あれ、肩の傷はすぐに治さなくていいの?

それを訊こうとしたが、彼は宿に向かってしまった。


程なくして、ぬえさんと二人きりになった。

どうしよう。気まずい。嫌われてるからなあ・・・。

「・・おい、リア・・・。」
「ん?何ですか?」

不意にぬえさんが話しかけてきた。


「・・・私の事はナズと話す様に話してくれるか?」

「・・敬語ではなく・・と?」

意外な提案が来た。一体どういう心境の変化だろうか。

「そうだ。それとぬえって呼べ。そうしろ。」

・・え?それって・・。

「・・・気を許したって事ですか・・?」
「・・言い方。」

ぬえさんが仏頂面で言う。あ、そっか。

「気を許したって事・・・?」

「お前が最初来た時は、何だこいつと思ったよ。
 いきなり泊まる事になって、不愉快で仕方が無かった。」

「あ・・・ごめん・・・。」
そうだよね。いきなり居候なんて・・・それも、
何時になるかわからない、その時までなのだから。
要するに無期限で泊まります、という荒唐無稽な話なのだから。

「この寺に私は後から入ってきたんだけど、
 皆は優しく迎えてくれた。そう、お前の様にな。
 そんな過去の状況を思い出して二重に腹が立った。
 どうしてか、お前の方が待遇が良いような気もした。
 だから勝手に妬ましく思ってた。・・・だけどさ。」

一気に喋って息が切れたのか、一回息継ぎをした。

「お前が来てから一ヶ月が経つ・・・そして、色んな奴が
 お前の話をし出すようになったんだ。
 彼は本当におっちょこちょいだな・・・とかな。」

ちょっと待て。影で俺はそんな事を言われていたのか。

「・・鬱陶しく思っていたが、今こうしてお前と話すと・・・ 
 その訳がわかった。お前は人を惹き付ける何かがあるんだ。
 それに、私達を死にかけながら助けようとした。
 ・・・本当に・・・ありがとう・・。」

最後の方は少し声が小さくなったが、はっきりと聞き取れた。

・・そう、初めて彼女に言われた、感謝の言葉。
胸の奥が熱く感じたのは気のせいではないだろう。

「・・・結局、駄目だったけれどね。」
「・・は、それは修行しかないんじゃないか?」

ぬえさんと初めて打ち解けた気がする。
こうして彼女と談笑できるのは新鮮だ。

・・ああ、彼女も笑うとより可愛いんだな・・。


「あのー、リアさん・・訊きたい事があるんですが。」

後から命蓮さんを運んできて戻ってきたであろう
シャクナゲさんが声を掛けて来た。

「・・聞きたい事?」
「ええ、お邪魔でした?」
「いいえ、そんな事は。
 ちょうどこちらも訊きたい事がありましたし・・。」

「おい、私は宿に戻るぞ。
 幸い旅館に大きな被害は無かったし、寝る。」

ぬえが途中で口を挟む。

「あ、おやすみー。」
「おやすみなさい。」

ぬえは振り返らずに後ろに手を振った。
何か男らしくてかっこいい。
いや、んな事言ったら殺されるけど。

そういやぬえだけ無傷なんだな・・。
いや俺が満身創痍だっただけか。

さて、シャクナゲさんと続きを話そう。

「・・で、訊きたい事って・・?」
「ああ、リアさんからでいいですよ。」

それなら、遠慮なく話そう。

「あ・・それじゃあ・・・一つ。
 命連さんはどうしてあの場で治療しなかったんですか?
 肩を怪我していたじゃないですか。」

何か・・・シャクナゲさんだから贔屓はしないだろうけど、
不思議に思った。わだかまり、といったほうが正しいのかも。

「・・これを見てください。」
そう言ってシャクナゲさんは懐から緑の輪を取り出した。

「・・・これは・・?」
この緑の輪がどうかしたんだろうか。

「・・・元々これは、数珠だったんです。
 あなたを治療する直前は、珠が一つだけありました。」


・・・元々、数珠で・・・一つだった・・・?
俺を治療したらなくなっ・・・

「・・・あ。・・・まさか・・最後の一つを・・?」
「そう。そのまさかです。僕には治癒は出来ません。
 数珠を使ってあなたを治癒しました。
 この数珠は僕のご先祖から伝わるもので、
 どんな状況でも即座に治癒が出来るのです。
 そして、それは珠を砕くことで使えるのです。
 僕が先代から譲り受けたときにはもう四つ程しか
 珠は残っていませんでしたけれどね・・・。」

・・なるほど、命蓮さんには使えなかったのか。
しかし、新たな疑問が浮かぶ。

「・・そんな大切な珠を何で俺なんかに・・・?」

一生に四回しか使えない物を俺を助ける為に使うなんて。
俺はあの時自由に動けたし、痛くなかった。
・・無駄にしてしまったんじゃないだろうか。

シャクナゲさんは呆れたように言った。

「・・・はあ。・・あの時、どれだけ危険な状態だったか
 自分でわかっていないようですね・・・・。」

「肋骨は折れてたけど、後半は痛くなかったんですよ?
 それに自由に動けましたし・・・・。」

うん。放っておけば命蓮寺に戻った後
丙さんが治してくれたと思う。悪戯のおまけつきで。

「・・だから、使ったんです。
 あの時どんな酷い状態だったか言いましょうか?」
「ええ、どうぞ・・。」

・・だから使った・・・?

疑問に首をかしげていると、
シャクナゲさんは軽く眉をひそめて話し始めた。

「そうですね・・・自覚してるのは肋骨ですよね?」
「はい」

「あれ、全部折れて肺に刺さってましたよ。」
「うそっ!」

え・・ええええ。道理で呼吸が苦しかったわけだ。
数本ではなかったのか。しかも刺さっていたのか。

「それと、右肺が完全に潰れていました。」

まだあるんかい。ま、まあ息苦しかったし・・?

「また、内臓がかなりの割合で損傷、破裂してました。
 その証拠に、おびただしい量の吐血をしてましたね?」

・・・思い当たる節しかない。そうだ・・ったね。
そういや周囲が鉄臭くなるほど吐血してました。

シャクナゲさんは凄惨な状況を話し続けた。

「さらに、前頭葉が完全に強い衝撃を受けて
 機能しなくなっていました。ぼんやりしてませんでしたか?」

「あは・・あははは・・・」

意識が遠のいていた訳だ。
前頭葉は推理力も司っているからそういうのも納得だ。
普通だったら聖さんか寅丸さん起こしに行ってたかも。
多分、額に猫パンチ食らったのが不味かったんだ。

「あと、顎の骨が・・・」
「もうやめてえぇえ!!」

もうたくさんです。死にかけてたのは良くわかりました!

「・・だ、だからすぐ死ぬから治療したんですね・・?」

そんな状況だったからわざわざ黙らせたのか。
話すと寿命が縮まる状態だったもの・・・・。
・・・でも。

「・・痛くなかったのは・・前頭葉でしたっけ・・?」
「いいえ、頭頂葉です。でもそこは無事でしたね。」

じゃあ、何で痛くなかったんだろう。
それに、そんな状況で飛んだり撥ねたり
出来たのはどうしてなのだろう・・。

そういえば、足が折れ、彼我さんの夢が消えた後も
同じような状況に陥った。あれもそうなのだろうか。

いかん、忘れてることがあった。
「あ、シャクナゲさんの聞きたいこととは・・?」

「いえ、どうしてその状況で動けたのか・・という所ですが、
 あなたにもわからないみたいなので・・・。」

勿論だ。俺にわかる訳が無い。

原因が気になったので、全てのいきさつを話すことにした。
シャクナゲさんになら解りそうな気がしたからだ。
勿論彼我さんの事は省いてある。

「・・・そんなことが・・・・んー・・・。」

シャクナゲさんはしばらく考え込んでいた。
・・が、五分ほど考えると、
一つの結論にたどり着いたようで、考える仕草をやめた。

そして、今まで以上に真剣な顔をし、こちらに向き直った。

「・・・落ち着いて、良く聞いてください。
 あくまでも・・・あくまでも、仮定なので・・。」

諭すように繰り返したその言葉は
俺を軽く怖気だ足せるには十分すぎた。

「・・心の準備はいいですか・・・?」

深く深呼吸してから、俺はゆっくりと頷いた。
何が告げられるのか。
俺は運命の言葉を待っていた。


そして、シャクナゲさんの口から、告げられた一言。





「あなたは・・・・妖怪になりかけています。」




「・・・?」

ゆっくりと彼の口から紡ぎ出された、重々しい言葉。
その言葉の意味は解らなかった。
しかし、尋常では無い雰囲気からは、
事の重大さは感じ取れる。

「・・妖怪になると、どうなるんですか・・・・?」

恐る恐る、訊いてみた。本当は・・・怖くて訊きたくなかった。

シャクナゲさんは、同じ表情のまま答えた。


「それは・・・・もう二度と元の世界に・・
 ・・・・戻れなくなる事を意味しています。」


「・・・・。」

あまりにも残酷な、その言葉。物も言えなかった。
呆然と立ち尽くしていただけだった。

ただもう戻れない、そんな言葉が脳裏で回っている。

・・気が遠くなりそうだった。


 

つづけ