東方幻想今日紀 四十四話  温泉は危険だね

俺は今、温泉宿にみんなで来ています。

そして、今日泊まる部屋に案内された。
男性陣(といっても二人だけど)は個室の和室に案内された。
女性陣はその通路を挟んだ隣の大きめの和室に案内された。

で、今はその大きめの和室に皆で集まっています。

「しかし、随分と良い旅館だな。
 こんな所が近くにあったとは知らなかったな・・・。」

ナズーリンが感慨深そうに回りを見回しながら言った。
というか彼女もここを知らなかったのか。
という事は隠れ宿なのか・・?

今の時刻は夜の八時くらい。外は当然暗い。
多分、食事をして風呂に入って寝るだけだ。

とまあ、そんな事よりも・・・

「寅丸さん、大丈夫ですか?」

さっきまで寅丸さんが珍しく疲れて寝込んでいた様で、心配だ。

「ええ、大丈夫ですよ。心配なさらないでください・・。」

作り笑顔をして寅丸さんは答えた。
やはり少し様子がおかしい。
ずっと寝ていたのに、明らかに顔は睡眠不足のそれだ。

一体どうしたんだろうか?

「お風呂、入れますか?」
「その点は心配要りません。元気です。」

元気じゃないっての。

そんな問答をしているとナズーリンが耳打ちしてきた。
「おい、ご主人は無理をしている訳ではない。
 ちょっと疲れているだけだ。原因はわからないが・・。
 だから君が気に病むことじゃないんだ。私にはわかる。」

自信たっぷりな発言。恐らく彼女の言うことに間違いは無い。
この件は放っておくか。俺がどうこう出来る訳じゃないし。

「あ、食事が来たよ!」

小傘が弾んだ声で言う。

初老くらいの女将さんが食事を持ってきてくれた。
・・・何故か、一回で全員分という、離れ技を披露して。

曲芸みたいに綺麗なバランスで持っている。
食事は重箱だ。・・が、結構大きい。

ピラミッド状にしてそれを両手に持っている。九人分だ。

「女将さん、手伝いましょうか?」
「いいえ、いいのです。腕には自信がありますので。」

一輪さんが心配そうに尋ねるが、女将さんは断った。

そして、食事が並べられ、皆で食べ始めた。


「おお、随分と豪華だなー・・。」
「というより、体に良さそうですね。」

驚くぬえさんと聖さん。

確かに豪華だ。
中に入っていたのは色とりどりの精進料理。
命蓮寺よりも寺らしい料理だな、と思った。

というか命蓮寺がおかしい。
肉とか普通に出てくるし、酒も普通に飲む。
向こうの普通の人とさほど変わらない料理なのだ。

一回ピーマンの肉詰めが出された時には
ついここが寺なのか訊いてしまった。
ギャグだと受け取られた。むしろその料理がギャグだよ。

食べてるときにネズミに一発ギャグを促され、
かましたら滑ったが、それ以外は楽しかった食事が終わった。

夢魔といいネズミといい、
どこかで彼女らに鬱憤を晴らせないだろうか。


さて、個室に戻って二人で談笑することしばし。
控えめな声がふすまの向こうから掛かった。

「・・ねえ、お風呂入らない?」

「ぶっ!!げほっ、げほっ!!」
「あ、はーい・・って、リアさん大丈夫ですか!?」

「えふっ・・・だいじょ・・・ごほっ!!」
「リア君どうしたの?むせてるの?」

「あ、大丈夫です、すぐ行きます!」
「ええ、だいじょ・・ごほっ」

この声は小傘か。
しかし何て紛らわしい言い回しをしてくれる。
どきっとしてしまったじゃないか。
悪意が無い分タチが悪い。

不覚にも話の合間に飲んだお茶を
畳の上に大量に吹きこぼしてしまった。汚い。

そして最後まで大丈夫が言えない。

命蓮さんが心配してくれると同時に
備え付けの雑巾で拭いてくれていた。
ありがとう命蓮さん。

ただ、今の台詞を聞いて平然と返したあなたは
とても心が綺麗なんですね。俺は修行した方がいいのかも。

やっと咳が収まったところで、
命蓮さんと一緒に温泉に出向くことにした。






「・・・はあ、良い湯ですねえ。」
「ほんとです。心が洗われるようですよ。」

湯船にまったり浸かりながら話す。
湯の色は白。女将さんからは掛け流しと聞いている。
かなり広い浴槽で、温度は少し温め。
アルカリ性なのだろうか、少しぬるぬるしている。

ここが隠れ宿だからなのだろうか、俺と命蓮さん以外に
全く他の客がいない。貸し切だ。
のびのびできて幸せ。

「リアさんの心は綺麗ですから洗う必要ないですよ。」

いいえ、そんな事はありません。雑念まみれです。
現に壁一枚向こうで筒抜けになっている女湯の声が気になる。

命蓮さんはそういう事は気にならないんだろうなあ。
羨ましい様な羨ましく無いような・・・。

「しかし・・・小傘は意外に胸が大きいな・・。」
なっちゃんだって・・・
 うん、胸が大きくたって何もいい事は無いよ?」
「おい。私の胸を見て発言を逸らすな。」

「二人とも、そんなのいいじゃありませんか。」
「ご主人は小さい者の苦しみがわからないから
 どうでもいい、などと平然と言えるんだ。
 そもそも私にとってこの胸がどれだけ・・・」 

「あーもーうるさいなあ。黙って入れないのかお前らは。」
「まあまあ、いいじゃない別に。楽しんでるんだし。」

「星も随分と元気になりましたね。」
「ええ、この湯、恐らく効能がいいんです。」

なんつー話をしているんだあっちで。
本当にやめて欲しいんだけど。
命蓮さんに変態だと思われたらどうしてくれるんだ。

「・・リアさん!」
「はいいっ!!」

いきなり命蓮さんが耳元で大声を出した。
なに?どうしたの!?

「えっ・・え?」

「・・何度呼んでも反応しなかったから
 心配になったんですよ。ああ、よかった。」

ごめんなさい命蓮さん。完全に向こうに集中してました。
この湯に心を洗う効能は無い様です。

その後も向こうで危険な(?)会話が続き、
二回ほど命連さんに呼び戻された。



何だかんだで温泉から上がり、
さっさと着替える。のぼせた。
大して長く浸かっていないのに。

「大丈夫ですか?のぼせているようですが・・・。」

エス。のぼせています。
「一過性の物なんで、大丈夫ですよ。」

「え、どうしてわかるんですか?」
「こういう事は良くあるので。」
嘘はついていない。嘘は。

俺がそういうと命連さんが苦笑いで言った。

「リアさんは体が繊細なんですね。」
「え、ええ・・・。」

罪悪感に苛まれたのは言うまでも無い。


着替え終わり、待合室に行った。
温泉ではおなじみの牛乳を一気飲みした。
飲んでる最中にナズーリンに笑わせられた。むせた。

辛うじて吹き出しはしなかったものの、
気管に入ってえらい事になった。しぬ。

本日二回目の誤嚥である。
いつかお返ししてやる。


命蓮さんと個室に戻った。
戻ると布団が敷かれており、寝るばかりになっていた。

「では、そろそろ寝ましょうか?」
「ええ、そうですね。もう遅いですし・・。」

明かりを消して、布団に潜り込んだ。
布団はふかふかで暖かかった。

「今度、もし良かったらあなたの向こうの世界の話を
 僕に聞かせてくれませんか?興味があるんです。」

「ええ、いいですよ。あまり面白くないと思いますが・・・。
 では、おやすみなさい。また明日・・・。」
「ありがとうございます。また明日・・・。」


疲れで自然に瞼が重くなる。
引きずり込まれるような物ではなく、とても心地いい眠気だ。

今日は良く眠れそうだ・・・。

俺は、目を完全に閉じた。


・・・外で風がざわめいているのはどういった事だろう。



つづけ