東方幻想今日紀 四十五話  唐獅子舞


「はっ・・・?」

真夜中に急に目が覚めた。


ぼんやりとした意識で体を起こす。
辺りは暗くて良くわからない。
横で命蓮さんの寝息が聞こえる。
そして、何よりも・・・。

「・・・さむっ・・・。」

少し寒かった。窓を開けっ放しにして寝たっけ・・?
一応手探りで窓を探す。風が吹き込んでいるから
確実に窓が開いている。

しばらく手探りしていると、手が何か硬いものに当たった。

・・しかし、それは平面ではなく、丸く、鋭利なものだった。
・・ここの窓曲面だったっけ・・。

ぼんやりとした意識で取っ手を探す。

その瞬間、俺の体は宙を舞い、
強く反対側の壁に叩きつけられた。
おでこと背中、腰に強い痛みが奔った。

とっさに何が起こったのかわからなかった。


状況を確認するべく、すぐさま明かりを点ける。

「!!?」

そこには、昔の屏風で見る唐獅子の姿があった。
体高は2mほど。でかい。特徴的な巻いた幻想的な毛。
爛々と光る目、口から漏れる煙。
獅子のような、たくましい体つきの獣がそこにいた。
先ほど触っていたものは恐らく牙だったんだろう。

・・・これは・・夢?

「・・はっ?」

あ、命蓮さんが起きた。そしてこちらを見て一言。
「額・・・どうしたんですか?」

「・・え?額・・?」
言われた額を触ると、手に紅いものがべったりとついた。

・・・・血だ・・!!
突然の出来事に困惑していると、命蓮さんが叫んだ。

「リアさんっ!!逃げてくださいっ!」

その声がしたのと同時だろうか。
また俺の体は宙を舞い、畳に叩きつけられた。
何かが折れる音が胸の辺りでいくつかした。

「・・・はっ、上等だっ・・・。」

この唐獅子は敵だ。俺と命蓮さんの命を奪おうとしている。
少し離れたところで命蓮さんの短い悲鳴が聞こえた。

偶然近くに置いてあった刀を抜き、悲鳴がした場所を見据える。

柱の近くで命蓮さんが襲われていた。
・・・尻尾だ。

「尻尾ががら空きなんだよっ!!!」

俺は迷わずその尻尾に向かって思い切り振り抜いた。
尻尾が乾いた音がして落ちた。
その唐獅子は悲鳴を上げて飛び下がった。

よかった。命蓮さんは無事だ。見た所怪我はしていない。

その瞬間、スパーン、とふすまを思い切り開け放す音がした。
その音と同時に動揺した声がそこからした。

「ねえっ、何があったの・・・うっ?」

黒いニーハイソックス、黒髪黒ワンピース。
・・そこにはこの惨状を見て呆然としたぬえさんがいた。

「ぬえさんっ!!外に逃げて!俺はこいつを食い止める!」

「馬鹿じゃないのっ!中で戦ったら・・!!
 外に出て!そいつは多分あんたを狙ってる!」

鬼気迫るぬえさんの声。

あ、そうか。中で戦ったら設備が壊れちゃうもんね。

とりあえず窓から外に出た。外はうす寒い。
月明かりの中、草の感触が足に伝わる。

そして、口の中がおかしい。血の味がする。歯と歯が合わない。
しかも何か硬くて小さいものが口の中にある。
気持ち悪くなってそれを吐き出すと白い物が三つほど飛び出た。


間もなくぬえさんの読み通り、
その唐獅子は咆哮してこちらを追って外に来た。

・・そして、あの二人もその後を追ってきた・・。
・・!

「何してるの!俺が食い止めるから逃げててよ!」

叫ばずにはいられなかった。

「そんな満身創痍で何言ってるの!?
 お前こそ逃げるべきじゃないのかっ!!?」

ぬえさんが必死の形相で叫ぶ。ん?ってことは・・

「・・一緒に戦ってくれるんですか?」
「お前がどうしても戦いたいのならな・・っ!!」
「っ!!?」

とっさに体をそらした。唐獅子の顔が目の前を横切った。
ぱきぱきと胸の辺りから乾いた音がした。
呼吸が苦しい。視界も霞んできた。
かわせたけど・・・肋骨が・・・。

「それっ!!」

その瞬間だった。
視線の先の命蓮さんが裾から巻物を取り出し、展開した。
その巻物は七色に輝き、空中に広がった。

そして、大量の札が唐獅子が横切った方向に飛ぶ。
振り返ると唐獅子は悲鳴を上げ、無数の札に包まれた。

「「やった!」」

しかし、その瞬間、唐獅子が札を全て弾いた。
咆哮を上げ、命蓮さんに向かって走ってきた。

そのときを見計らい、唐獅子の脳天を目掛けて
思い切り斬りかかった。

しかし、唐獅子は急停止して、
バックステップをしてその一撃をひらりとかわした。

くそっ・・・外したか・・。

ここであの唐獅子を何とかしなくては二人の命どころか、
宿にいる皆の命も危うい。こいつを食い止める・・・!

そして唐獅子はなお執拗に命蓮さんを狙っている。

すぐに命蓮さんに食いかかる。斬る。かわされる。
このサイクルに、ぬえさんの鬼火が加わる。
しかし、唐獅子はかわし続ける。
気のせいだろうか、
あまり唐獅子が攻撃をしなくなって来たような気がする。
このままだと間違い無くこちらが消耗して終わる。

・・仕方ない、一気に斬りかかって終わらせよう。
ずっと反撃を食らわないようにしていたが、きりが無い。
命蓮さんも避けるのに精一杯になっている。
彼の顔にはぷつぷつと汗が浮かんでいる。

俺は思い切り踏み込んで、もう一度唐獅子に切りかかった。
唐獅子がバックジャンプをした瞬間、
今度は反対方向に下がらずに、
着地点に向かって素早く振り抜いた。

・・が。

「・・・あれ?」
何故か瞬きした後に見えた世界は、唐獅子の前ではなく、
明らかに少し離れた場所だった。
そして、姿勢は振り下ろした姿勢ではなく、
硬い石塀に背中を預け足を伸ばして座っている姿勢だった。

・・そして、何故か目の前にぬえさんがいた。
・・その目には溢れんばかりの涙を湛えていた。
あれ?唐獅子は?

「おいっ!お前が死んだら・・・私たちは・・・・。」

「ねえ、唐獅子は?生きてる?・・・よっと。」
「・・・っ!?」

俺が立ち上がるとぬえさんは目を丸くして驚いていた。
「なんでっ・・そんな状況で立てるの・・・・?」
「なんでって・・そりゃ、今どこも痛くないし・・。」

むしろ体が軽い位だ。不思議な事に痛みが全快している。
感覚的には彼我さんのあれに似ている。

「・・・で、あの唐獅子は?」
俺が訊くと、ぬえさんは驚きつつも、重い口を開いた。

「・・今、命蓮が二匹の唐獅子から必死に避けてる。
 お前が刀を振り抜いた瞬間に、
 何処からか雌の唐獅子が出てきてお前に体当たりしたんだ。
 お前はこの塀に凄い勢いで打ち付けられたんだ。
 ・・ああ、死んだのか、と思ったが・・・。
 命蓮が僕はいいから助けてやって下さいとうるさくて・・。
 ・・そしたら本当に生きていて驚いた。」

雌・・。つまり二体いるのか・・・。
って、ええ!?二体?
という事は命蓮さんは二体を一気に相手に!?

「早く行かなきゃ!命蓮さんが死んでしまう!」
「お前本気か!!?いいから座ってろ!その体だと死ぬぞ!?」
「死にませんよ!死ぬのなら動けないはずです!」

完全に呆れかえったぬえさんの顔。
辺りは少し鉄の臭いがする。

「ああもうっ!行くぞっ!」
「勿論です!早く命蓮さんを助けないと!」

戦っている場所に向かって思い切り走る。

いた!あそこだ!
命蓮さんは必死に逃げて、二匹の唐獅子がそれを追っていた。

尻尾を切った雄の方に狙いを定め、近寄った。
しめた!気付いていない!このまま叩き切る!
俺は構え、大きく刀を振りかぶり・・・あれ?

その瞬間、唐獅子は悲鳴を上げ横に飛び、視界から消えた。
・・・攻撃!?一体誰が・・。
唐獅子が飛んだ反対方向に目をやる。

するとそこには意外な人物がいた。

「しゃ・・シャクナゲさんっ!?」

シャクナゲさんだっ!!間違えるはずも無い。
あの時、お世話になったお兄さんだ!
今は背中と額に緑色の魔方陣が展開されてるけど、
その姿と暖かい雰囲気は見紛うはずが無かった。

シャクナゲさんっ!!久しぶりですね!!」
「・・・こんばんは。お久しぶりですね。
 いきなりですが、ちょっと失礼します!」

そう言ってシャクナゲさんは俺に手のひらを向けた。
ん?何する気なんだろう。回復かな・・?

その瞬間、シャクナゲさんの手から光弾が打ち出された。

「え・・・」
その光弾を受けて俺はその場にへたり込んだ。
そして、シャクナゲさんは俺の後ろに向かって
全く同じ光弾を撃った。直後、短いぬえさんの悲鳴がした。

体が動かない。ぴくりとも動かせない。
口は辛うじて動く。突然の出来事に頭が付いていかない。

「・・シャクナゲさん・・なにをっ・・・。」
「・・後で話します。黙って見ていて下さい。」

そういってシャクナゲさんは何らかの呪文を詠唱し、
さっき吹っ飛ばした唐獅子に向かって光の鎖のような物を
次々と飛ばした。鎖は唐獅子に絡まり、
その雄の唐獅子が動かなくなった。

その光景は映画で見るそれだった。
「・・・す・・凄い・・・。」

「ふう、まずは一体・・・」
「うあああぁあああ!!」

「「!!?」」」

命蓮さんの悲鳴だ!
悲鳴がした方を見ると命蓮さんが唐獅子に腕を咬まれていた。

「命蓮さああぁあんっ!!」
「黙って下さいと言ったでしょうが!」

シャクナゲさんの怒声。
想像だにしていなかった状況に肩が竦む。

「・・・。」

シャクナゲさんが今度は何も唱えず、
指を二本突き出し黒紫の光線を出した。
その光線は唐獅子の目を綺麗に射抜いた。

唐獅子は悲鳴を上げ、命蓮さんの腕を放し、逃げていった。

命蓮さんは糸が切れたように倒れた。
腕は繋がっていたままだが、血が出ていた。
まさか・・・死んでしまった・・・・?

そんな俺を察したのか、シャクナゲさんが優しく言った。
「・・大丈夫です。気を失っただけです。」

そしてそう言いながらシャクナゲさんが
俺の後ろに向かって手をかざした。

少しするとぬえさんが駆け寄ってきた。
「おい、リア!大丈夫か!?」

「彼に話しかけないで下さい。」

そう言いながら、彼が今度は俺に両手をかざし始めた。
ぬえがばつが悪そうに黙る。

動けないけど、何だか気持ちがいい・・・。
まるで傷が癒えて行くみたいだ・・・。

少しするとシャクナゲさんは片腕をかざすのをやめ、
もう片手で引き上げるような動作をした。

すると、自由に動けるようになった。

「・・はい、治りました。」
「・・え?」

体を少し捻ってみた。さっきまで捻れなかったけど
今は痛みも違和感も無い・・治ってる!!?
息も苦しくない。血も止まってる・・!!

試しに口を拭っても額を触っても血が付く事は無かった。

シャクナゲさんが・・・助けてくれた・・。
治療までしてくれた・・・・!!

シャクナゲさん・・・何とお礼を言ったらいいか・・・。」
「・・御礼は必要ありません。ただ、一つ言わせて下さい。」
「はい・・。」

シャクナゲさんがこちらを見据える。
そして、軽く手を上げ・・・

パンッ


乾いた音がして彼の手が俺の頬を振り抜いた。
「・・・?・・!?」

頬を押さえたまま立ち尽くした。
何が起きたのかわからなかった。


「自分の命を大切にして下さい!
 あなたはここで死ぬ為に今まで生きてきたんですかっ!」



「・・!!・・違います・・・・。」
俺は俯いたまま答えた。涙が頬を伝う。


「・・じゃあ、僕と約束してください・・・。
 ・・・もう二度と、無謀に命は張らないで下さい・・。」

「・・はい・・。」

シャクナゲさんは頭を優しく撫でた。
「・・・次は、必ず守ってあげてくださいね?」
「はい・・・・。」

不覚にも涙が止まらなくなってしまった。
ぼろぼろと熱い雫が目から零れる。

それは、彼がどういうつもりなのかが解ったからだ。


・・彼は俺が、死を顧ずに突貫したことに怒っているのだ。
相手の力量を把握して、その上で挑めと言っているのだ。
・・浅はかだった。命を賭すのは、ここではない。


再開を喜ぶ前に彼にまた助けられ、感化されてしまった。



今日の永い夜が、終わろうとしていた。



つづけ