東方幻想今日紀 四十三話  早く温泉行こうよ

温泉に行くと聞いて、いそいそと準備を始めた。

・・と言ってもだ。

準備品がほとんどない。
強いて言うなら着替えか。それくらいかな。
あと自分用のタオル。
石鹸とかの類は向こうにあるそうだし、
もし無い場合も想定して持っていくそうだ。

という訳で早速広間に戻って命蓮さんを連れて来た。

女性陣の準備が終わるまで暇なんです。
寅丸さんが起きるまでの間も含めて。

ちょうどあんまり話していないし、打ち解けたい。
恐らくいい人だろうから!
聖さんの弟ならいい人に決まっている。(断定)

そんな下らない事を心の中で叫ぶと
命蓮さんが部屋を見回してからこう言った。

「ここがあなたの部屋ですか?」
「うーん、俺の部屋、というよりは
 元いた世界に帰るまでの間、借りてるだけです。」

元いた世界、といったところで命蓮さんが
興味を示したのか、眉を動かした。

「・・その、元いた世界、って・・・
 もしかして何か使命があってここに?」

ちょっ、そういうことか。
使命どころか介抱されてるのに。
でも使命だったらちょっとかっこいいかも。
嘘をついてもしょうがないので正直に話した。

「いや、迷い込んできた居候なんです。」
「そうですか・・・あ、軽く自己紹介をしませんか?」

「あ、全部聞きましたよ。なのでこちらが自己紹介をします。」
「そうなんですか?では聞きますね。」

俺は自分がここまで来た経緯を話した。
気づいたらここに来ていたこと、
なんやかんやでこの寺にしばらく居座ることになったこと、
そして今は寺子屋で働きながら落ち着いている事。
彼我さんのところは上手く省いた。

話し終えても、命蓮さんは疑う事無く納得していた。
あれ、驚かないの?
むしろ感心しているようにも見えるし・・・。

「・・・信じてくれるんですか?」
「ええ、もちろんですとも。
 しかし、外来人の方でもこんな風に馴染めるんですね。」

?まるで外来人は馴染めないみたいな発言だな。

「どういうことですか?」
「あ、実はですね、僕が前に生きていた頃、
 そう、姉さんから聞いたんですが・・。
 ・・あのときの事は千年程前になるとですね。
 あなたみたいな外来人の方を泊めたんですよ。
 まあ、二泊程ですけれどね。その後、彼はお礼を言って
 出て行きました。今考えると、もっと長い間留めておけば
 良かったんでしょうね、と思うんです。」

「・・何だかその人が死んだ、みたいな物言いですね・・。」

「・・残念ながらそうなのです。彼は去った数日後、
 道で惨殺体になっている所を僕が見つけました。
 とても尋常ではない死に方でした。誰がやったのか
 全く見当もつきませんでした。
 そして、彼の遺体は、手厚く私が葬りました。
 姉さんには何も言わずにです。彼が死んだ事も。」

聞くに堪えない悲しい話だ。
聞いていて胸が詰まるようだった。
そういえば、こういう事じゃないにせよ、
自分も何度も死の危険にさらされていたじゃないか。

「あ、すみません、こんな話をしてしまって・・・。
 でも、あなたがこうしてここで落ち着いていて、
 胸の痞えが取れたような気分だったのです。
 あの時の事を未然に防げなかった。
 罪悪感も感じましたよ。でも、こうして姉さんの下で
 あなたがこうして打ち解けている。いい事じゃないですか。」

「・・・そうですね。自分は今、幸せですよ。
 いつの日か帰れるように、今を生きます。」

そう、ここにいるのは優しい皆のおかげだ。
刀持ちの身寄りの無い外来人を信頼してくれて。
この世界の人って、あたたかい。

そして、命蓮さんという人が少しわかった。
優しくて、真面目だけど・・・。
きっと自分だけで解決しようとして空回りすることが
あるんだと思う。周りにあまり頼らないんだ。

「・・・・。」
「・・・・。」

やばい、沈黙が始まった。
早く沈黙を破らねば。

「・・って、湿っぽい話になってしまいましたね。
 そうだ、気分を変えるために将棋でも指しませんか?」

俺が将棋の提案をすると命蓮さんは目を丸くした。

「え?将棋、ですか?」
「ええ、指し方はわかりますか?」
「あ、はい、解るんですけど・・・盤は?」

「ちゃっちゃらー!!」

座布団の間に立てていた盤、戸棚の横の駒箱。
ことりと置いてドヤ顔で声を張った。

「・・・?」

そして命蓮さんはこの顔である。全くの無反応だ。
引いているというよりはわかっていない。恥ずかしい。

「・・さ、さーて、やりましょうか!」
「・・そうですね・・・。」

やばい気まずい。ちょっと引かれているよ。

ささっと駒を並べる。
そして、振り駒をした。と金三で俺が先手。


対局することしばし。

「おお・・・命蓮さんけっこううまいですね・・。」
「あ、圧勝してるじゃないですか・・・。」

確かにかなり俺が押している。
しかし、防御を無視した猛攻を仕掛けているので、
一見このまま押し切れるかのようだが、
防御は非常にもろい為、一発逆転が出来る。
だから一切気が抜けない。
事実命蓮さんもナズの次くらいに強いので
はっきり言ってちょっと油断したら負ける。

「まだ逆転でき・・・うあっ・・」
「り、リアさん!?」

例の眠気か。ああ、いいところなのに。
でも、きっと昼に呼ぶという事はきっと緊急事態なのだろうか。

起きたら彼我さんの顔が目の前に。
そして、第一声。

「・・・ちゃっちゃらー!」
「それ蒸し返すのやめてくださいよ!!」

くっそ。恥ずかしい。蒸し返して欲しくなかった。

「ご機嫌麗しゅう?」
「・・・あんま麗しくないです。折角命蓮さんと
 お互いに親睦を深めていたのに・・・。」

「きっもちわるい表現しますね。うえっ。」

ちょっと待て。ここまでダイレクトに言われると
流石に一周して笑えてくる。彼我さんやめて心折れる。

「・・・で、何の用ですか?彼我さん。」

きっと急用なのだろう。
というかそうじゃ無かったら怒るぞ。
その服の待ち針みたいな飾りをへし折ってやる。

「暇なので将棋でもしませんか?」
「それを今まで誰とやってたと思ってんですか?」

駄目だこの人。頭の螺子が外れている。
将棋盤と駒箱もってしれっと言ったよ。

「・・まあ、今のは冗談で、また今度です。
 それよりも・・・」

本題来た。この人の本題は遅い。いつもの事だが。

「・・・そろそろ準備が出来るようなので、
 早く行ってあげて下さい。」
「・・・え?」

準備?

「ほら、女性陣の温泉の準備ですよ。」
「・・・え?・・えええ。」

つまり、この人の暇つぶしか。
ああ命蓮さんとの対局が水の泡だよ。

そして、また瞼が重くなった。
いつか彼我さんを殴れないだろうか。


「おい、リア置いていくぞ。」
「・・・ん。」

「あ、目を覚ましましたね。」
「いつもの事だ。」

目を開けると、ナズーリンと命蓮さんがいた。
彼我さんが言ったとおり、もう準備は終わったのか。

ナズーリンが間髪入れずに続ける。

「もう皆門で待っている。早く行くぞ。」
「そうですね、目を覚ましたところで、行きましょう!」

二人が腰を上げ、客間を出た。

「あ、待ってよ!」

いよいよ温泉に行くのか。
気分が弾んできた。うかれている。

慌てて俺は二人の後を追った。




つづけ