東方幻想今日紀 三十八話  これが地獄の鬼ごっこだと知らずに

合図をした後、先生が用意したプリントを配り始めた。

ん・・?

取って横や後ろに回すのではなく、
わざわざ一人一人の机に手渡ししていた。

「あれ、後に回させたりしないんですか?」

慧音先生はちょっと以外だったらしく、
軽く面食らったようだった。
軽く眉をひそめた後、少し笑顔で答えた。

「ああ、一人一人違うものだからだ。
 年や考え方、必要な知識も違ってくるだろう?」

なるほど。凄く理にかなっているなあ。
元いた所とは大違いだ。
それぞれの個性を伸ばす、そういう教育なんだなと思った。

もう少し突っ込んで訊いてみると、
話し合い、考え合う事で違う視点から物事を見れる、
と言う理念の下で相談をありにしているらしい。
つまり、助け合って問題を解く、という様な物だ。

すばらしいと思った。
自分もこういう授業を受けたかった・・・とも思った。

ああなるほど、だから幻想郷は暖かい人柄の人が多いのか。
このやり方だと確実に論理思考力も身に付く。

フィンランドメソッドと同じ手法だと思った。

まあそんな事はさておき、何かできることは無いかな。
そんな事を慧音先生に耳打ちして訊く。

慧音先生は軽く微笑みを湛えて今日は見ていてくれ、
明日からはしっかりと手伝ってもらうからと言った。

つまり今日は見て雰囲気を押さえる事が目的らしい。
この人の言う事だから間違いない。

まじまじ見ていると、上の子が下の子に教えているのが多いが、
同じくらいの子が相談している姿も見受けられる。

そして、どの生徒も一人の人だけではなく、
色々な生徒に訊いている。

とても和気藹々としていて、和やかだった。

その光景を見て、思わず小学校の休み時間を思い出した。
ああ、こんなだったなあ。
思わず胸の奥が熱くなって来る。

感慨に浸っていると鐘の音が鳴った。
授業終了の合図だそうだ。
あのキンコンカンコンではなく、リンゴーンと、言った感じだ。

慧音先生が手を止めるように指示をした。

休み時間だ・・・が、次は体育だそうだ。

先生が授業内容を言った。
「そうだな、鬼事を予定しているから、
 玄関口の広場に集まるようにしてくれ。以上だ。」

・・鬼事。即ち鬼ごっこのことだ。

・・と言うと。

「あの、俺も参加するんですよね?」
「勿論だ。私も参加するからな。」
「え?先生も?」
意外だ。先生もするのか。でもそっちの方が楽しそうではあるけど・・。
・・楽しそうだけど、胸が走るときに邪魔そうだ。

勿論そんな事は言えないけれども。

「・・まあ、あまり本気ではやらないがな。
 それに、妖怪は手を抜かないと危険だから専用の腕輪を用意してある。」

そう言って先生は綺麗な青のリストバンドを懐から取り出した。
先生はまだ続ける。

「これを着けると全ての身体能力が人間並みになる。
 小細工ではあるが、危険だから仕方が無いんだ。」

彼女はちょっと不本意そうに、苦笑いで言う。

本当に凄い先生だ。
俺が見てきたどの先生よりも聡明で、生徒思いだ。

先生が俺に向き直って仕切り直す様に言った。

「さて、そろそろ移動するぞ。休み時間が終わるからな。」
「はい。」


少し経ち、俺は寺子屋の敷地の広場にいる。

いわゆる校庭だ。ここで鬼ごっこをするのか。
結構広いなあ・・・。テニスコート二十面分はある。

掛け合いの場である遊具もある程度置かれている。

「じゃあ、鬼の人を決めようよ!」
さっきの狐の子が楽しげに声を張る。

良く見ると妖怪?らしき人は皆リストバンドをしていた。

・・っと、早く参加しないと。

皆に混ざって、じゃんけん。
「「じゃーんけーん、ぽん!」」

総勢18名。一回で決まる訳も無く。
グーとパー、チョキがばらけていた。

「よし、二人ずつやろう!」
もっとも年長であろう男の子が言った。

「リア君、やろ?」
例のキツネ耳の子が誘ってきた。
って・・・君付けかい。いーですよもー。君付けでも。

「うん、やろうか。」

「「じゃんけん、ぽん!」」

相手はパー、こっちはグー。負けた。

「わーい!わたしおにじゃないよ!」
キツネの子は無邪気に喜んでいた。他愛が無いなあ。
まあ、俺は次で勝てばいいんだから。

「負けた人はこっちだ。」
慧音先生が手招きする。

負けた9人で集まって皆でじゃんけんした。
三回あいこになったが、四回目で勝負がついた。

鬼は俺じゃなくて、見た目小学校高学年くらいの
左目が黒、右目がピンクのオッドアイの男の子が鬼になった。
その子は右手と左手に青いリストバンドをしていた。

慧音先生がその子に言う。
「じゃあ、200数えてくれ。」

待てい。どんだけ数えさせる気だ。
200って約三分強だ。どこへでも逃げられるわ。

そう思ったとき、その子が数え始めた。
「いちにいさんしいごおろくななはち・・・」

ちょちょちょおい。速い速い。
まるで念仏か呪詛のようにまくし立てる。怖い。
やべ、もう五十だ、速く逃げなきゃ!

俺は木製のアスレチックみたいな
木の簡素なトンネルに一目散に走り出した。



つづけ