東方幻想今日紀 三十七話  命蓮寺で駄目なら寺子屋でも駄目で

程なくして目が覚めた。

鳥の声。清清しい朝だ。
ひんやりとした布団も相まって、少し肌寒い。

背中がぞくぞくする。寒いのに冷や汗が出る。

・・そう、時計の針は七という漢字を指していたからだ。

寺子屋の始業時間は八時。片道二時間。つまり六時起き。

・・・ふっ。簡単な事だ。

「遅刻だあぁああ!!!」

布団から光にも匹敵する速さで跳ね起きた。
いや、本当に光の速さで起きたら赤い霧になるよ?

いや、そんな事は今どうでも良いんだ!!

素早く着替えて、扉を開け放し、広間を通って行く。
行く、と言うよりは走る、と言った感じだ。

広間ではナズーリンと聖さんが
何かしてたけど見ている暇は無い!知らん!

「・・・朝から騒々しいな・・あ、おいご飯はっ!?」
「いらない!!」

引き戸を開けて、外に飛び出す。

走れば間に合う!
というか向こうにいたときの朝のやりとりと変わらないな。
母親がナズーリンになっただけだ。

・・さて、この陸上で鍛えた足、とくと見せてもらおう!
スペックは100m12秒フラット、そしてこの筋肉!

俺 の 大 地 だ ! !

という訳で今全力で走っている。
道は覚えているから大丈夫・・うおっと、人が来た!

ひらりと軽く避けて走る。
・・やっぱり走ると危ないな。

という訳で小走りに切り替えた。
逃げてなんていないさ。安全な道を取っただけだ。

そもそも、速く走れるからって調子に乗ったから
あんな羽目になったんだ。危うく凍死するところだったよ。

でもやっぱり不安だからランニングにしないとまずい。
初日から遅れるわけには行かないし。

・・・何だかんだで遅刻寸前で間に合いました。
いま、寺子屋の門の前です。

ゆっくりと指示された裏の方から入りました。
予想通り、始業数分前でした。あぶない・・・。

中に入ると、帽子を整えている慧音さんがいた。
慧音さんはこちらを見つけると近寄ってきて、
「おはよう、来たね。でももう少し余裕を
 持って来て欲しかったかな。もう始まるぞ。」

「す、すみません、寝坊してしまいまして・・。」
「ふむ・・いつ寝たか言ってみてくれないか?」
「・・・」
やばい。四時です、とか言えない。
いや、ここは正直に言うべきか。

「・・・はい、四時に寝ました。」
俺がそう言うと、慧音さんはいぶかしげそうに眉をひそめた。

「・・一体昨日何があったんだ?八時に帰した筈だが・・。」

・・・う。


やっぱり言わなきゃ駄目か。でも彼我さんの事を
説明しなきゃならないなあ・・・。
もしかしたら彼我さんの邪魔になってしまうかもしれない。

しばしの沈黙。

やばい、言うか・・・言わざるか・・。
言うとしたらどう言う・・・?

「ああ、まあそんな事はどうでもいいんだ。
 早く教室に行こう。あなたを紹介しなくてはいけないからな。」

最初に沈黙を破ったのは慧音さんだった。
自然に追求を避けたのだろう。
大人の気遣いというものか。凄く助かる。

ナズーリンなら結構しつこく訊いて来るからな・・・。

「あ、行きましょうか。」

苦笑して付いて行く。

簡素で清潔なな木の床の廊下を通って、教室に入った。
教室からはにぎやかな声が聞こえてくる。
うんうん。こうでなくちゃね。

そう思うが早いか、慧音さんが扉を開ける。
そして後に続いて教室に入る。

「おはようみんな。全員いるな。」
「「「おはようございます!」」」
「先生その人は?」
「今紹介するから待っててくれ。」

生徒たちの元気な様子。
それぞれの顔を見てみる。

生徒たちは妖怪らしき人と人間らしき子達だ。
まあ半人半妖もいるのかわからないけど。
耳がとがっていたり、服も個性的だ。

全員で16名。皆揃っている。

妖怪と人間が共生しているんだなあ・・・。
改めて思ったことはそんな事。

年齢だけど、下は見た感じ6,7歳の子もいれば
上は自分より少し下くらい、中学生くらいだろうか。
そんな子もいた。あくまでも見た感じだが。

頬杖を付いている子もいれば、
まじめに背筋を伸ばしてる子もいた。

・・・・なんだか、向こうと同じだ。
そう思うとちょっとだけ、鼻の奥がつんとなった。

慧音先生が言った。
「今日は新しい先生を紹介する。リア君だ。
 授業はまだやらないけれど、
 先生の手助けをしてくれることになった。」

そう言うと慧音さんは小声で
さあ、自己紹介をしてくれ、と耳打ちしてきた。

すう、と深呼吸。
緊張するな俺、相手は小中学生だ。
去年までと一緒みたいな学年、
つまり同級生と何ら変わらないんだ。いける。

「みなしゃっ・・皆さんおはようございます。えー・・」

生徒たちからどっと笑いが起こる。
頬か熱い。ちょ、お前ら笑うなし。

うわああぁあ出だしで噛んだよちくしょう!
どうする俺、このままだとコールド負けだ。
アホの烙印を押されてしまう。
しかも生徒たちはめちゃくちゃ笑ってるよ。
横で慧音先生も苦笑いだし・・・。

な、何とかして取り繕わねば・・。
「えーと、気軽に話しかけてね!おわり!」

取り繕うなんて無理でした。
しかも自己紹介を忘れた。

上の生徒が軽く失笑して、下の生徒が大爆笑してた。
笑うなちくしょうめ。俺なりに頑張ったんだよ。

「まあ、みんな、リア君なんだが、」

慧音先生が仕切りなおす。
助け舟を出してくれるのかな・・?

「えー・・・皆、うっかりやさんだが仲良くしてやってくれ。」

転校生っすか!?うっかりやとかあんまりだ酷い。
そうこう思っているうちに話を進める先生。

「では、もうしばらくしたら授業を始めるから、
 それまで彼に質問なりするといい。」
 
なにい。一人にしますかそこで。
ああ、先生出て行っちゃったよ。

パタン、と引き戸が閉まった。

少しすると、裾を誰かが引っ張ってきた。
振り返ると見た目7,8歳くらいの狐っぽい耳尻尾の女の子だ。

その子は純真な瞳でこう聞いてきた。

「ねえ、話すのって苦手・・?」
「へぐっ」
「?」

思わず声が出てしまった。
やべえ。一番年長なのに確実にアホだと思われている・・。

しかし、俺も腐ってもお兄さんにあたる訳だ。
年長者らしく、やさしく返す。

「そんな事無いよ?大丈夫、これでも16年生きているから。」
しかし、そんな言葉を無碍にした、次の一言。

「わたし、200年生きているよ?」
「っうぁ」
「え?」
思わず声にならない声が出た。

そういえば妖怪は長生きでした。ふふふ。
さて・・・ここからどうしよう。

そう考えていると、その子が、
「だいじょうぶ!わからないことがあったら
 わたしが助けてあげるから!何でも訊いてね!」
と、とどめをさした。

「・・はは、は・・。ありがとう・・。」

もうだめむりだ。
がっくりうなだれていると、

「ねえ、あんたはどこの人なんだ?」
また声がした。今度は横だ。
少し低い声。14歳くらいの男の子の声だ。

多分人間の男の子かな。

隠すところじゃないし、答えておく。
「命蓮寺に住んでいるんだ。」
「ふうん・・・そっか、
 まあ何かあったらあんたに訊くよ。
 俺は睦月(むつき)って言うんだ。
 睦月に生まれたから睦月。よろしくな。」
「あ、うん、よろしくね。」

あんたに訊く、と尊厳を持たせてくれてる。
さりげない気遣い。この子、結構大人なんじゃないか?
口調は丁寧ではないけれど、一語一語に芯を感じる。

その瞬間、先生が引き戸を上げてプリントを持って戻ってきた。

「さあ、皆席に着いて。今から問題を配るから。」

少し教室が静かになった。
何だか、学校とやっぱり一緒だな、と思った。

がんばれ皆。

つづけ