東方幻想今日紀 三十五話  必ず哉。

未だかつて無い痛みの新境地に冷や汗が止まらない。

それだけならまだ良い。足が原形を保っていない。
どういう状態かというと、まるで骨が軟化しているみたいだ。
骨が無いに近い状態とも言えるかもしれない。

「だ・・・だだっ、リアっ・・・?」
横ではナズーリンが狼狽えている。
大丈夫か、とでも言いたいのだろうか。

心配、というよりは恐怖して動揺している感じだ。
いつもの毅然とした態度ではなく、完全に冷静さを欠いている。
普段見せない態度でちょっと可愛かった。

・・・そして、痛みのあまりなのか、
痛みが和らいできたのか、何故か落ち着いてきた。

異常な状況だと自分でも思う。
この状況で周りが見えているんだから。
冷静でいられるんだから。
痛みに慣れた?・・いや、きっと違う。

俺の足は一体どうなったんだ。
彼我さんに治して貰ったんじゃ・・?

・・・誰かの足音がする。こんな夜中なのに。

ゆっくりとふすまが開けられた。

「・・・あー、まだ起きてたんだ。」

・・小さめの体躯に、悪戯っ子の様な顔をしている少女。
特徴的な肘と膝を出す服に触角(?)付きの赤い帽子。

・・・丙さんか。

「いったいどうしたの・・・うっ?」

丙さんが明らかに動揺していた。
そしたすぐに足の近くに駆け寄ってきた。

「うわあ・・・ひっどいね・・・。」
そして、第一声。
すかさず俺の足に両手を当て始めた。

ナズーリンは俺の脚を黙って見ている。

「・・・そんなに酷いんですか?」

俺が訊くと、丙さんが少し呆れた様に言った。

「・・・あのねえ、痛みでおかしくなってるのか
 知らないけど・・。凄いことになってるんだよ・・?」

一旦切って、丙さんが続ける。

「・・一度折れた骨に繰り返し負荷をかけて、 
 ミゾレ状に粉砕骨折しているよ・・。
 ・・ねえ、どうして骨が折れた状況で
 そんなに強くて断続的な負荷をかけられたの?
 普通の人間だったら痛みで歩けないよ?」

聞くのもおぞましい状況が丙さんの口から告げられる。

詰め寄るような、珍しい丙さんの口調。
不思議で仕方ないと言う様な顔をしている。
こちらもまた、普段の飄々とした態度とまるで違う。

二人とも、俺なんかの怪我で様子が変わってる。
ひょっこり現れたただの居候なんかに。

丙さんに至ってはここの人ではないのに。
今日はここに泊まっているらしいが、
いつもは違うところで寝ている・・らしい。

・・折角だし、一応訳くらいは説明しておこう。

「実はですね・・・」

待てよ。あんな大きな恩を受けたのに
ホイホイ他人に喋ってもいいのかな。

何でも喋れば良いという物でもない。
一応、黙っておこう。

「実は・・?」
「あ・・・いや、話さなくてもいいですか・・?」

俺がそう言うと、丙さんは少し考え込んだ。
そして、口を開いた。

「・・そうだねっ。いいよいいよ無理して言わなくて。
 人に言えない、やましい事なんでしょっ?」

どうしてそうなった。

「いや、違うって。」
「もお、リア君はそういうところだらしないなあ。」
「だから違いますって!」

丙さんが凄いにやけた顔をしている。腹立つ。

しばらくして、丙さんがふとこう言った。

「・・さ、足の治療が終わったよ。まだ痛い?」

・・あ、痛くない。・・って、
「な、治してくれてたの?」

「うん、まあ一応・・・。」
「あ、ありがとう・・・・。」

いくらなんでも早すぎる。
たった話している数分間でこれを治してしまった。
話し込んでるから痛みのことを忘れていると思っていたけど、
どうやら話している間に足に手をかざして
治してくれていたみたいだ。

しかももう全く痛くない。違和感すら無い。
これは凄い。人の怪我も治せるんだ・・・・・。

ナズーリンも横でおお、とか言いながら
目をぱちくりさせている。

「んじゃ、私はもう寝るねー。
 あとはお二人でいちゃついてて。邪魔者は消えまーす。」

「「なっ・・!!!」」
なんてことを。


「うっ、冗談だよ冗談。顔怖いよ二人とも・・。」
「いや・・・当たり前だと思うが・・。」

「と、とにかくもう寝るね。おやすみ・。」


丙さんがゆっくりとふすまを閉めた。



しばし、静かになる。


間が持たないので時計に目をやる。

・・もう四時か。すぐ寝ないと明日の朝は早いから
響きそうだ。というか、確実に響く。

・・・何だか急に疲れてきた。

「・・もう寝るね。明日早いし・・。」
「・・・ああ、おやすみ。足、大丈夫かい?」

「うん、もう違和感すらないよ。ありがとね。」
「ふふっ、それは良かった。
 でも私は君の何の役にも立てていないぞ?」

「え?心配してくれたじゃん?」
「・・それは・・・役に立ったとは言えないのでは・・・。」
「言えるって。それは俺が決める事なんだし。なったよ。」

俺がそういった瞬間、彼女に笑顔が咲いた。

「・・そうか、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。
 ・・おやすみ、また明日。」

「うん、おやすみ。」


ナズーリンと一緒に、広間を出た。
そして、別れを交わして客間に入った。


客間には布団が敷かれていて、寝るばかりになっていた。
誰がやったのかはわからないけど、凄くありがたい。
いろんな人のやさしさに触れて、なんだか凄く気分がいい。
心が温かいと言えば、しっくり来るだろうか。

・・・今日は良く眠れそうだ。

・・・二時間位しか寝られないけど。
うん。六時起き。


・・彼我さんは俺に何をしたのだろうか。
そんな事を考えて、俺は眠りに着いた。


つづけ