東方幻想今日紀 三十三話  凍死の恐怖と白昼夢

「・・・もうこんな時間か・・・。」

時計の針は十時半を指していた。

私はさっきから何か欠けている様な
喪失感に似たものを感じていた。
・・・何だろう。

・・考えるまでも無い。寺子屋に行っている彼の事だ。

本来ならもう戻ってくる時間帯だろう。

恐らく、この感情は彼が遅くまで帰って来ない事に対する
不安から来ているものだろう。

「・・・ふっ。馬鹿馬鹿しい。
 私はたかが居候に何を期待しているんだ・・・下らない。」

思わず一人ごちる。

彼はただの居候だ。どこで何していようと私には関係ない。
だからたとえ彼が遅くなろうとも、帰って来なかろうと、
私たちの生活に一切の影響は無い。

あるべき姿に戻るだけだ。何のことは無い。

本来彼はここの人間ではないのだ。

だから、私が気に病む事でも何でも無い。

むしろいっその事、彼がいなくなってくれたら
かえってすっきりするのかもしれない。


「・・はあ。」

それなのに、乾いたため息が出る。
それに、何だか妙な胸騒ぎがする。

何か・・・嫌な事がある様な・・・・。
・・・気のせいだと良いんだが。


そんな事を考えつつ、私は一人広間で
二人分のお茶を用意して彼を待っていた。




あのどうでもいい、居候の為に。




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「うっっああ・・・・。」

馬鹿な経緯で雪の山道で足を折って動け無くなることしばし。

猛烈に寒い。

恐らく、一時間は経っただろうか。
いや、そんな事は無いだろう。
こういう状況は時間が長く感じられるものだ。

一応、傘を使って雪をしのいである。
そして、中で行灯を照らし、明るくしていた。

あと、服を一枚脱いで頭に掛けている。

何故なら、体の熱は頭部から最も多く出ているからだ。
つまり、頭を覆えば、熱が逃げにくくなる。

・・・でも、あくまでもこれは時間稼ぎにすぎない。

既に手足の感覚は無くなってきたし、
折れたであろう左足は徐々に痛みを増している。


小雪は、もう吹雪になっていた。
辺りに雪が積もり、軽い銀世界になっていた。


今度こそ、終わりかもしれない。
本当に、自分は馬鹿だ。走るべきでは無かった。

今更後悔しても遅いが。

真っ白な頭を振り絞って助かる方法を考えた。

助かる可能性のある方法は二つ。

一つは折れた足を引きずって、手ごろな場所に逃げ込むこと。
民家があれば最高だが、この際風を防げる洞窟でもいい。

しかし、見つからなかった場合は
大量に余計な体力を使い、間違い無く凍死する。


もう一つは、雪を固めて外壁を作って、
傘を盾にして身を縮めてじっと助けを待つ事だ。

もちろん、ある程度の体力を消耗するが、動き回るよりマシだ。
雪の中は案外暖かいから、体力が奪われることは少ない。

・・が、暖かさに逃げてうっかり眠ってしまうと凍死するし、
それにその間何も出来ない虚無感に襲われる。

人は何もする事が無いと眠くなるものだ。

どちらも一長一短、かなりの確率で凍死する。


他に大声でひたすら助けを呼ぶ、というのも考えたが、
明らかに夜遅く人がいないであろう山道でそれをするのは
自殺行為に他ならない。


・・・どうする・・・。
早く決断しないと、どんどん体力が奪われる。
足の痛みがさらに酷くならない内に決めたい。

「すう・・・。」

落ち着く為に深呼吸をした。
こういう状況では落ち着くのが最優先だ。
いい判断が下せなくな・・・・

「おやおやおや。野宿ですか?」
「ぶへあ!」

深呼吸じゃ無くなった。

って・・・
「!?どうしてここに!?」

そこには傘をどけて覗き込んでいる彼我さんがいた。

「・・散歩です♪」

屈託の無い笑顔で彼我さんが言った。
えげつなく嘘臭い。

「・・さて、お困りのようですね。」
「・・・え・・・まさか・・・?」

助けてくれるのかな。
もしかしたら・・彼我さんって凄くいい人じゃ・・

「困ってる顔、傑作ですよ?」

「っ・・・!!!」

「おやおや。無事な右足で蹴ろうとしないで下さいよ。
 届いてませんよ?それとも元気が有り余っているのですか?」

くっ・・・少しでも期待した俺が馬鹿だった・・・!!!!
助けてくれる訳が無いだろうに・・・!!

「まあ、貸しを作って後で無理強いをするのも、
 また面白いですね。特にあなたの場合は・・・。」

そう言って彼我さんは急に近付いて俺の額に二本、指を当てた。

「!!?」
俺は突然の出来事に動揺した。

そして、静かにこう告げた。
「・・あなたの足は、折れていません。必ず哉。」


そして、彼我さんは俺から離れて、こう言った。
「これで、貸し二、ですね。
 ・・後で五十にして返してくださいね?」 


そう言うが否や、彼我さんは不敵な笑みを浮かべて消えた。


・・二十五倍とか正気の沙汰じゃないだろう。
どこの悪徳借金取りだ。

いや、そんな下らない事はどうでもいい。


・・今、何をされた・・?
貸し・・・二・・?


!!・・まさか!!

確認の為立ち上がってみる。


・・・難なく立ち上がれた。
しかも、違和感も痛みも無かった。

・・治っている・・?


そうか。何だかんだいって彼我さんは助けてくれたのか。
もう、素直じゃないんだから。

そして彼我さんは実は優しかったのか。
実は・・・すごい善人・・?

とにかく、これで歩ける。歩けるのならば、帰れる!


・・・違う。地図失くしているんだった。
でも、歩いていればきっと・・。

そう思って、ふと道に目をやる。


・・・え。

木に黒紫の布がこれ見よがしに縛りつけてあった。
それも目印の様に点々と。

もうここまで来ると本当に彼我さんは
ベタな位いい人なのでは・・?


・・・問題は、二手に分かれていることだ。
何、運試しなのこれ?


取りあえず直感を信じて、荷物をまとめて右に行った。



つづけ