東方幻想今日紀 三十二話  白銀の雪山=白い悪魔

「うあ・・・やっとおわった・・。」
俺は机に突っ伏した。
急にお腹が減ってきた。

「お疲れ様。お茶でも淹れようか?」
青い髪の先生が優しく訊いて来た。


「いえ、平気です・・・。」

やっと子供の冬休みの宿題の採点が終わった。
かなり分厚めの冊子を四冊。合計でほぼ二時間半。

ナズーリンに持たされたお弁当を食べることにした。
簡易的なおにぎりと漬物だけど凄くおいしかった。
やっぱりお腹が減っていると何でもおいしいものだ。

いや、別に不味いもの、という訳でもないけど。

今は恐らく八時半くらいだろうか。外は真っ暗だ。
軽く雪も降っている。傘を持っているから安心だが。

それにしてもこの量の宿題はやれない。
俺が小学生とかなら放棄してる。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。
 私の名前は上白沢 慧音。ここの寺子屋の先生だ。」

慧音、と名乗ったその人は見た目二十代前半位の女性で、
薄青くて綺麗な長い髪をしていた。頭には学生帽?
に似た帽子をかぶっていた。先に赤い布がついているが。

穏やかな印象で、その・・・聖さんと同じく
胸の大きさが印象深い。

いかん。自分も自己紹介しなきゃ。

「はじめまして。自分はリアと申します。
 ええと・・・おそらく人間です。あと、十六歳です。」

慧音さんが眉をひそめた。
「・・・おそらく・・?」

おっと。ちゃんと言わなきゃ。
「あ、いろいろな事があってこっちに来たので・・。」
出てきた言葉はそれだった。

余計に不信感をあおる形になった。やばい。

「そうか。まあ詳しくは訊かないことにするか。」

ああ、よかった。積もる話と思ってくれたみたいだ。

それに結構話すと長いから助かる。
賢い人は突っ込んで訊かない。凄くありがたい。

一旦切って、また慧音さんが続けた。

「 ・・さて、あなたにはこれからしばらくの間
 週に四日間、ここに来てもらって手伝うことに
 なっているが・・。それでもいいのか?」

慧音さんが念を押す。
勿論だ。そのつもりで来たんだから。

「はい。がんばります!」
「うん、いい返事だ。明日からは子供たちの面倒も見る事に
 なるだろうから、そのつもりでよろしく。
 ゆくゆくはあなたに一部の授業を受け持ってもらう。」

う・・やっぱりか・・。

「代理・・ですか?」
「んー、代理・・だな。だも私もそばにいるから大丈夫だ。」

そうか・・・もしかしたら
やっている内に先生になれるかも・・しれない。

まあ、子供は好きだからきっと親しめる・・はず。

「さあ、もう暗いし、仕事も終わってるから帰っていいよ。
 あんまり遅れると心配する人がいるだろう?」

「い・・いませんよ居候なんかにそんな人・・。」
「・・まあ、自分ではそう思っているだろうがな。
 案外思ってくれる人はいるものだぞ・・?」
「居候でも?」
「ああ。もちろんだ。」

説得力のある言葉。思わず胸が打たれた。
心配してくれる人がいる。確かにそうだ。
何だかそう思うだけで強くなったように感じた。

「じゃあ、これで帰ります。
 また明日、よろしくお願いしますね。」

「うん、帰り道には気をつけるんだぞ。」
「はは、大丈夫ですよ。」

何だか親みたいだな、と笑いがこぼれた。

・・・親・・・か。

・・うん、焦らなくていい。
ゆっくり手がかりを探していけばいい。

そう自分に言い聞かせて、寺子屋を出た。

傘を差して、行灯に明かりをつける。

帰るのは十時くらいになるのかな。
少し早足で行くか。

それにしてもすこぶる寒い。
そりゃ和服に羽織物じゃ寒いよね。

歩くことしばし。

やはりこうして一人で歩くと新しい発見がある。
昼に来たときとは道が違って見えるから不思議だ。

田んぼ道を歩いてきたのに、まるで林道を進んでるみたいだ。
木がたくさん生えてて、軽く傾斜していて、
地面なんか完全に軟らかい落ち葉と土だ。

まるで・・・林道・・・・。

あれここ林道だ。

迷った!?そんな馬鹿な!
地図を見ながら歩いているんだぞ?
いったいどうして・・・・

・・ああ、地図が逆さだった。

俺の 馬・鹿・☆

もうかれこれ一時間くらい歩いています。
道理で目印の誰が立てたんだかわからない
大きな赤い旗が見えないと思ったよ。
俺は山道をずんどこ進んでたのか。

往復計二時間のタイムロス。
帰るのは十二時くらいか。

だが軽く走れば十時半には着きそうだ。
よし、急げ!

俺は逆方向に走り出した。
全速力なら一時間で着ける!!!
すなわち九時だ!

あれ、リア君随分早いね、なんて。

全速力で走った。恐らく数十秒しか持たないが。

「ふはははは!!陸上部をなめるなよ!!!
 こんなの距離数秒で走りきってやるわああ!!!!」

変なテンション到来。ランナーズハイ(?)の強化版?
しかし、俺は雪道の山をなめていた。
トラックとは訳が違うんだ・・。あれは白い悪魔なんだ・・・。

ずるっ

「うあああぁ!?」

そんな音と一緒に程なく氷に足を滑らせた。
そしてそのままの速度で目の前のやぶにダイブした。

視界が暗転した。


「いっ・・・・つつ・・。」

目を覚ますと、草の中。
左足に鈍痛がある。
恐らく草で切ったのだろう。

「よっと・・・。」

体を起こして体の状態を確認する。

・・何ともない。

なんだ。じゃあ大丈夫か。
幸い傘も手元にあるし、さっさと立ち上がって・・・あれ。

「いっ・・!?」
左足首が動かない。というか痛い。
鈍痛が、急に鋭い痛みになった。

・・・これ・・・もしや折れてない・・?

足の袖をまくると、
左足首がありえない方向に少し曲がっていた。

目を覆いたくなった。確実に折れている。

・・・そして、手元を確認すると地図がない。

「・・・。」

絶体絶命。

雪の夜の山で動けないとか。
地図が無いとか。
すなわち、山から出られない。
道がわかった所で動けない。
足が大丈夫でも道がわからない。

どうしようもない二重苦。

でもこのまま夜を越したら確実に凍死する。

自然と冷や汗が出てくる。

・・・どうする・・・?
・・・というより何が出来る・・・・?

頭が真っ白になった。


つづけ