東方幻想今日紀 三十話  改めてよろしく

「・・・ここにいた鶏はどうなったの?」
とりとめもない事をナズーリンに訊く。

「ああ、丙が飼っている鶏か。
 畳をほぼ全て啄ばんでいたから丙に元の場所に戻させた。
 あの馬鹿、さっき聖にこっぴどく怒られていたよ。
 ・・で、ご覧の通り、畳は新しいのに換えたぞ。」

ナズーリンが苦笑いで言った。

良かった。かしわ飯が出てきたらどうしようかと。

「・・ところで・・。」
「ん?」

ナズーリンが心配そうに訊く。

「随分とぐっすり眠っていた様だが・・体に不調は無いかい?」

「うん、特には・・・・無いよ。」
強いて言うなら寝違えて首が痛い。

「そうか、それならいいんだが・・・。」

俺がそう言うと、彼女は軽く表情を緩めた。
・・優しいなあ。ただの居候なのに心配してくれるなんて。

・・・そういえばぐっすり寝てたな。
昼食には帰って来れると踏んでいたんだった。
じゃあ、今の時間は・・?

時計を見ると、短針と長針はほぼ直角を作っていた。

三時か。

・・という事はあれから六時間位眠りっぱなしだったのか。

でも何故かお腹は空いていない。
眠りっぱなしだったからかな・・・?


・・・ふと顔を上げると彼女の顔が目に入った。

途端に彼我さんに言われたことが脳裏に過ぎる。

・・・協力を仰ぐ・・・か。
これ以上迷惑になりたくないなあ・・・。
でもここに長くとどまるのはもっと迷惑だろうし・・・。

「・・・どうしたリア?私の顔に何か付いているのかい?」
「・・あ、いや、そういうわけじゃないけど・・・。」
「もし私が協力できる事なら言ってみてくれ。力になる。」

・・あのことを言うことにした。

「・・・もし、俺が元の世界に帰りたいと言ったら、
 ナズーリンは・・・どう思う?」

協力してくれるだろうか。
あまり迷惑をかけるわけには行かないし・・。

「えっ・・・?どう・・思うか・・・?」
「・・ん?・・・うん。」

しばしの沈黙。
また不味いことでも訊いたのかな俺は・・・。

「あ、いや・・それは勿論・・寂しいと思うが・・。」
「えっ、寂しい・・?」

「どう・・思うか・・だろう?
 ・・いきなり妙なことを訊くな君は・・・。」

ナズーリンが赤面している。
待て。何でこうなった。

・・・あ。

「ごめん、言い方が悪かった。
 ・・俺が帰りたいと言ったら協力って頼めるかな・・?」
「へ?どう感じるかじゃなくて・・・行動?」

俺のミスだ。何か誤解を招いたみたい。
何で赤面しているかはわからないけど。

「うん。行動のこと。もしものはな・・いっ!?」

!?何故か殴られた・・。結構痛い。

「・・・!?・・・?」

「もう・・次は言葉を選んでくれるかな・・。
 まるで私が馬鹿みたいじゃないか・・・。」

「・・・えっと、何かまずいことでも言った?」
頭を押さえながら言う。

「・・はあ、いい、何でもない。
 わからないなら気にしないでくれ・・・。」

ナズーリンは嘆息した。疲れているように見える。


・・う。何か怒らせてしまった様だ。
「・・・本当にごめん。」

ナズーリンは少し表情を緩めてこちらに向き直った。

「いいよ、別に。もうそんなに気にしていない。
 ・・それよりもさっきの事なんだが・・」

「さっきのこと?」
「協力をしてくれるか・・・と言っていたじゃないか。」

「あ、うん。」
そういえば言ってた。ちょっと忘れてた。

「・・君が帰る協力なら喜んでしよう。
 君は元はと言えば・・・ここの人間では無いんだから。
 君には帰るべき場所がある。
 ・・・なんて事は、君が一番良く判っているかな。
 帰る手がかりが見つかるまで、ここに居るといい。」

ここの人間ではない。その言葉が少し身に染みた。

「・・本当にありがとう。お世話になるね・・・。」
「ああ。それまで少しの間だが、よろしく、リア。」

少しの間になるといいなあ。

「うん、よろしくね、ナズーリン。」

本当にここの人は優しいな。
・・すごくありがたい。
突然異郷の地に来て、受け入れてくれる場所がある。
たとえ一時的なものだったとしても。

何かお返しがしたいな・・・いずれ。
出来れば、帰るときには、余裕を作っておきたい。


少しして、ナズーリンさんが仕切り直すように切り出した。

「じゃあ、私は用事があるから出かけてくる。」
「・・用事?」
ナズーリンが行くような用事って何だろう。

「ああ、探し物の依頼を里の者から頼まれていてな。
 私は能力で探し物を見つけ出せるんだ。」

「凄いねそれ!さぞかし便利でしょ?」

ナズーリンは苦笑いで首を横に振った。

「いや、ダウジングだから時間が掛かるんだ。
 言うほど便利なものではないよ。
 それに、凄く集中しなくてはならないんだ。」

ダウジング・・・って鉱脈とかを探り当てるあれ?
他の物にも応用が利くなら凄い能力だな・・。

「おっと、そろそろ私は出かけてくる。
 じゃあ、その間、他の誰かを手伝っていてくれ。」

「うん、行ってらっしゃい。」
「ああ、行ってくる。いい子で待っているんだぞ?」
「・・・いってらっしゃい。」

「はは、軽い冗談だ。・・それでは。」

そう言って彼女は部屋を出て行った。
・・余計な一言を残して。

色々な事が頭をよぎった。
彼我さんのこと。帰り道のこと。両親家族、友人のこと。
何とかして手がかりを見つけたいな・・。

でも今は忘れよう。



・・さて、掃除でもしますかね。

つづけ