東方幻想今日紀 二十九話  奇夢、再び

・・・寒い・・・。

急に寒くなり、身震いして起きた。
どうやら寝てたみたいだ。寒い。毛布欲しい。

落ち着いて周りを見回す。


・・誰もいない閑散とした教室。
机と椅子が理路整然と並んでいる。
全ての机は空だ。窓の外はガラスが曇っていて見えない。
とにかく寒い。


・・・あれ。
・・・教室!?

・・・俺は道具屋にいたんじゃなかったっけ・・?

明らかに俺が通っている高校の教室だ。
・・・なんでこんなところに・・?

そう思った瞬間、後から『あの』声がした。


「ふふふっ。またお会いしましたね。こんにちは。」

「・・・っ!!!!」

後ろを振り返ると、
あのお姉さんがあの時と同じ格好で座っていた。
紛れもなく彼我さんだ。間違えるはずがない。

「・・・もう、そんな顔しないで下さいよ。
 それとも相手を見つめるときに目を細める人なんですか?」

あざとく笑う彼我さん。
やはり飄々としている。

とりあえず一通り質問したいことを訊くことにした。

「・・・何が目的なんですか?」
「さあ・・・何でしょうね・・?わかりません。」

あくまでもすっとぼけるつもりみたいだ。

「それでは、ここはどこなんですか?」
「・・・私に訊いて何になるんですか?」

「・・はあ、とぼけないで下さい。
 答えたくないならそれでもいいですが。」

彼我さんは少し間をおいて静かに訊いた。

「・・喋れますよね?」

・・?何故そんな事を訊くんだろう。
この人の考えてる事はさっぱりわからない。

「ええ、一応・・。」

「・・じゃあ、前はどうでした?」

前・・?
「金縛りみたいに、まともに・・・あ。」


そういえば、前はまともに喋れなかった。

「前は、私が見せた夢です。だから上手く喋れなかった。
 今はあなたが勝手に見た夢に入り込んでいるだけですよ。
 だから、場所は私には皆目わかりません。
 つまり・・殺すことも可能ですが・・どうします?」
「!?何を言って・・・」

俺の言葉を遮って、彼我さんが続ける。
「幸い、ここは密室になっています。私の知らない場所です。
 あなたの夢なのですからどうとでも出来ます。どうですか?」

「何であなたを殺さなければならないんですか・・。」

ここで彼我さんを殺す意味がわからない。
彼我さんは何も悪いことはしていない。
いやまあ、悪夢でトラウマを植えつけられたけどね。
それでも、殺すには至らない。


彼我さんは軽く笑みを浮かべて口を開いた。
「強い精神力ですね。眉一つ動かさない。見上げたものです。」

まくし立てるように、はっきりと、しかし静かに告げる。
気圧されて言いたいことがあるのに言葉が出てこない。 

「・・ですが、少し頭が足りないようです。素敵ですね。」


挑発しているのだろうか。本心で言っているのだろうか。
彼我さんの一言一言は本当に真意がつかめない。


「最後に、私が気になっていることを一つ訊きます。」
「・・・何ですか?」

一呼吸置いて彼我さんが続けた。
「・・・どうして、元の世界に帰りたい旨を
 命蓮寺の皆さんに伝えないのですか?
 手伝ってもらおうとは考えているんですよね?」

「・・手詰まりになったら伝えますよ。」
「・・・今は手がかりがあるとでも?」

そんなの決まっている。
「あなたですよ。あなたなら何か知ってますよね?」

俺は彼我さんを指差した。

「・・はあ、浅ましい。それに考えが甘い。
 ・・知ってたとして教えると思いますか・・?
 知ってるのなら力づくで訊き出そうと思っていませんか?」

「・・いえ。知ってるのならば交渉をしたいです。」

彼我さんがふっと笑った。
「・・・・残念、私は知りません。
 ・・だけど、協力位なら考えてあげてもいいですよ。」

「・・っ、本当ですか!?」

「ぷっ。すぐに食いついてきましたね。
 もういっその事、あのネズミや似非妖怪に
 協力を仰いだらどうですか?
 二人ともあなたに好意的ですし・・」

「・・・・・・。」

「おや、言ってはいけない事を言ってしまいましたかね。
 それでは、私は消えることにします。
 さようなら。お馬鹿さん。次はいつ会えるでしょうかね。」


「待ってください・・!」
「・・?」
彼我さんを呼び止めると、怪訝そうな顔をした。


「あなたは、誰なんですか・・?」

少しの沈黙の後、彼我さんが静かに告げた。
「私の名前はヰ哉 彼我。夢魔です。二度は言いません。」

そう言い放って、彼我さんは消えた。

・・・夢魔・・か。

途端、また意識がぼーっとして来た・・。
視界が暗くなって・・・。
意識が消えていく・・。



「・・・はっ!?」
「うわあぁっ!?」

慌てて飛び起きた。

・・・ああ、俺はまた寝てたのか・・。
あれは夢・・・か。
やはり生々しく、普通の夢ではなかったが。

恐らく道具屋で眠ってしまったのだろう。
また迷惑をかけたと思う。

・・・で、そこには腰を抜かしたナズーリン

いっけね、またやっちまった。

「・・・はは、元気で何よりだよ・・。」
そういうナズーリンは体が硬直していた。

「・・ご、ごめんなさい・・。」
次は気をつけてゆっくりと起きよう・・。

落ち着いて周りを見回す。
畳の間・・・だけど新品になっている。
新しい畳の匂い。でも、布団は客間の物だ。

客間か。

朝の鶏はいなかった。
代わりに畳が新しくなっていた。

全てを察した俺は、あの鶏に黙祷を捧げた。合掌。


 
つづけ