東方幻想今日紀 二十四話  煌月


月が欠けない。それどころか明るさを増している。
かつて無い異常な光景に頭が付いて行かない。

幻想郷ではこういうことがあるのかも、と思ったのだが
ナズーリンの様子を見る限りその線は無さそうだ。
ナズーリンの顔色は変わっており、額には冷や汗が流れていた。

もう一度月を見る。
やはり少しずつ明るさを増しており、
暗い星が見えなくなってきている。
まるで・・・月が星を飲み込んでいくかのように。

・・・いや。違う。
・・・これは・・・・まさかとは思うが・・・。

「・・・月が・・・止まったのか・・?」
「・・・・!!」

ナズーリンが何かの衝動に駆られていた。当たり前だ。
はっきり言ってそんなのありえないことだし。

・・でもそう考えれば全て説明がつく。

月食の日に月が欠けないのも。
月がだんだんと明るくなっているのも。
月の周りの星が見えなくなってきていることも。


月が日周運動を止め、落ちてきたと考えれば・・。


想像を絶する事態の予想に、冷や汗がどっと出てくる。
揺ぎ無い証拠。ほぼ間違いない。

しかも、あまりにも落ちてくるスピードが速い。
数分単位で大きさと明るさの違いを感じられる。
まるで、何者かによって加速しているみたいに。


後三十分前後で周りは夕方くらいの明るさになるだろう。


・・・・ふと、この世の終わり、という言葉が脳裏をよぎった。


・・・もう・・・終わりなのか・?


人が死ぬとき、
長い夢を見るという話をどこかで聞いた事がある。


もしも、そうならば。



・・・その夢が、終わろうとしているのか。


・・多分、最初から俺は死んでいたんだ。


・・あの時、車に撥ねられた時から。



親の顔、友人の顔、そして命蓮寺のみんな。
シャクナゲさん、そして横にいるナズーリン

全て、瞬きのように脳裏を駆け巡っていった。


・・ああ、これが走馬灯なのか。

全部が全部、楽しかった訳ではない。
辛い思い出もあった。

・・でも、一つだけ、これだけは自信を持って言える。



・・全部、宝物だ。今までの瞬間全部が。
いらないものなんて一つも無かった。


・・みんな、大好きだ。


気がつくと、何か熱い物が、頬を伝っていた。
俺は大粒の涙をぼろぼろとこぼしていた。

ふと横を見ると、ナズーリンが微笑んでいた。
全てを悟った表情で、大粒の涙をこぼしながら。

恐らく同じ結論に至ったのだろうか。

俺も彼女に笑いかけた。
目を細めると凄い量の熱い雫がこぼれた。



・・・みんな、今までありがとう。


俺はゆっくりと前に向き直った。


最後に、感謝の言葉を口から紡ぎ出す。
そう決意を固めると、突然横から低い女性の声がした。

「ふふ、もう世界が終わっちゃいますね。
 あーあ、世界が終わるって嫌ですねえ。やだやだ。」

「!!?」

横を向くと、ナズがいたはずの所に知らない人が座っていた。

黒と薄紫の羽衣の様な服。形容しがたい髪飾り。
左目は包帯で隠してあった。
身長は標準くらいの緑色の長めの髪の女性。
その女性は、ナズーリンがいたはずの場所に
不穏な笑みを浮かべて足を揃えて座っていた。


ナズーリンは!?あなたは誰!?


・・そう言おうとしたのだが、体と口が動かない。
まるで金縛りにあっているかの様に。
驚くことに目線も動かすことが出来ない。
涙も何故か止まっていた。

その不穏な笑みを浮かべた女性はゆっくりと訊いてきた。

「・・・ねえ、あなたもそう思いません?」

静かな、しかし強く、芯の通った声。


「・・ええ。・・・嫌です。」
何故かその時だけ、喋れた。口が動かせた。

その女性は、静かにまた言った。
「・・・そう。じゃあ、戻して欲しい?」

「・・・・はい。」
ほとんど考えてもないのに、言葉が出てきた。


「憶えておくといいですよ。
 私の名前はヰ哉 彼我(いがな ひが)。
 また・・・・・会いましょう。いつの日か。
 その時までせいぜい私に会わないよう祈って下さいね。」

 
彼女がそう言うと、目の前が徐々に霞んで行った。

「待っ・・・!!」

叫びは空しく、目の前が完全に暗くなった。

意識が遠のいてきた・・・。


つづけ