東方幻想今日紀 二十一話  終わらない対局

俺は客間でなっちゃ・・ナズーリンさんと将棋をしている。

「あ、最初の一回は真剣勝負と行こう。」
ナズーリンさんが提案した。

「ええ、いいですよ。負けません。」
「ふふ、自信たっぷりじゃないか。私は簡単には落ちないぞ?」
ナズーリンさんが含みのある笑みをして言った。

あいにく俺は去年将棋の全国大会で
未成年の部門で準優勝を飾ったことがある。
悪いけど普通の人には負けない。

「さて、私だな。」
ナズーリンさんが駒を進めた。

・・・ってあれ?王を動かした?
・・・囲ってから攻める気か。防衛戦・・?

構わず歩を進める。

そしたらナズーリンさんが歩の進行と関係なく王への道を空けた。
・・え!?・・・何でだ?

いや、囲いの順序が違うだけだ。こっちとは同じとは限らない。
構わず歩を進める。
これで角への対処が間に合わなくなって、不利になる。
早くも勝利への道が見えた。
これで相手への陣地へ突っ込める。相手は角を逃がすだろう。
そこへ畳み掛ければ一気にこちらが優勢となる。

・・・つまり、この勝負はもらった。

「んむ・・随分と勝ち誇った顔をしているじゃないか。」
「・・・あ、えっとまあ・・・。」
「まだ勝負は始まったばかりじゃないか・・と。」

不審そうな顔をしてナズーリンさんは中央の歩を進めた。
・・・・え?・・角を捨てた?
・・勝負を左右する大駒を捨てた・・?

「・・・あの、もう一つ右の歩じゃないんですか?」
「・・?・・ああ、これでいい。」

もしかしたらナズーリンさんは将棋が下手なんじゃないだろうか。
・・・いや、作戦か?
いやいや、ここまで酷く不利になっての作戦なんてありえない。

「じゃあ、遠慮なく・・。」
歩を取り、成った。

すぐさまナズーリンさんは銀を逃がした。
・・・もう驚かない。・・・でもなんで銀かは気になる。

角を取った。ナズーリンさんは金を逃がした。
・・・さっきから迎撃しようとしないな・・なんでだろう。

戦局が進むことしばし。こちらは相手陣の左半分を壊滅させた。
こちらが取ったのは桂香歩と、角という大駒。向こうはなし。
そして相手陣にはと金と龍。
こんな酷い状況、俺だったらとっくに投了している。

・・・だがおかしい。ナズーリンさんは金銀はしっかり逃がしてある。
さっきから王もちょくちょく動かしてる。関係ないと思った歩も
しっかり型にはまっている。まるで本陣を移動させているかのように。

・・しかも、駒はほとんど斜め移動で、動かし方に無駄が少ない。
こんな戦法は今までに見た事がなかった。
・・・でも、戦法として、通用しなければ意味がない。

桂を囮ににして王を押し込むか。

桂を王の利く先に打った。
・・・しかし、ナズーリンさんは歩を動かして新しい逃げ道を作った。

・・なるほど。逃げる戦法か・・面白い戦法だ。
だったら取った角を置いて王手を・・。
・・・角が置けない。
・・どこに打っても角が利かない。
しょうがないから龍を下がらせて次に王手を出来るように追い詰める。

ナズーリンさんは金を上げてきた。
丁度二つの金銀が利く位置になった。その向こうに王。
・・・思ったより堅いな。下手に進められない。

・・・初めて、少し考え込んだ。
・・・思ったよりも手ごわい。まさか考え込むことになるとは。

「おや?顔から余裕の表情が消えたじゃないか。どうしたんだい?」
含みたっぷりににナズーリンさんが言った。
くっ・・・腹立つなぁ・・・・。

一方ナズーリンさんは少しも考えている時間がない。
恐らく俺が進めている間に考えているのだろう。凄い頭の回転が速い。

少し考えて、遠回りに龍を下がらせた。
ちょっと手数は減ってしまうが、確実に攻めるか。

戦局が進むことしばし。
一進一退の攻防が続く。
あるラインで駒交換を続けるがナズーリンさんは駒損をしていない。
・・・というより駒損をしないように駒交換をしている。
しかも、取った角が有効に使えないようにどの場所においても
成ってからじゃなきゃ使えないような配置にしてある。
わざわざ敵陣に行って成って戻ると三回分の手数を損する。

・・・あ。
今気付いたが、ナズーリンさんの駒の一帯が少しずつ自陣に近づいてきている。
これはまずい。防御に回らなくては本陣ごと崩される。

何て嫌な戦法なんだ。物量と確実性で若干ずつ押していっている。
・・・そして、もっと嫌らしいのは・・

「・・・・長い・・・。」
そう。めちゃくちゃここまでが長い。
普通対局って長くても三十分やそこらだ。
だけど恐らく後半に差し掛かってはいるものの、一時間は経っているはずだ。
流石に集中力が切れてきた。持久戦が目的だったのか・・。
確かにこういう戦法は持久力がものを言う。しかしひでえ戦法だ。

「あの・・・一つ訊いてもいいですか?」
「ん?何だい?」

気になっていることを訊く。
「・・・普段からこんな戦法なんですか?」
「いや、確実に勝ちたいときはこういう戦法を使うんだ。
 この戦法では負けたことがないからね。
 普段はもう少し早めにけりをつけるんだがな。」

「・・・負けず嫌いなんですか?」

俺がそう訊くと、ナズーリンさんは少し顔を赤らめて、
「う・・・うるさいな・・負けるのは好きじゃないんだ・・・。
 ほら、続きをやるぞ・・君は随分強いからやってて楽しいんだ。」

・・ちょっとかわいいかも。

ナズーリンさんは敵陣の前に歩を張った。
・・・やべ、対処しなきゃ・・・。

普通なら銀を上げて備えることもできる。
でも・・・駒数が足りない。まさかの王を逃がすことしか出来ない。

あ、龍があった。やばい。判断力が鈍ってた。
駒数は同じ。攻撃して来た方が突破される。
また膠着状態か。ああもう。
ふとナズーリンさんを見るとまだ余裕そうな表情をしていた。
・・恐ろしい。・・・さて、どうしたものか・・・。
また考え込んだ。ううむ。結構・・・というかあの状況からここまで
持って行くだけもの凄く強い。

そんな俺を見かねたのか、
ナズーリンさんが表情を緩めて話しかけてきた。
「大丈夫かい?休憩でもした方がいいかな・・・?」
「あ、いや大丈夫です・・。」
「そうか・・・無理はしないでくれよ?」

優しいなあ。
もっと欲を言うならこういう戦法じゃない方がよかった。


さらに戦局が進むことしばし。
お互いの陣地は逆転し、ほぼ泥沼になっていた。
しかも、こっちの駒は後への機動性が低い金にしていた。
対するナズーリンさんはしっかりと銀は不成りにしてあった。

・・・もう外は暗くなっていた。
恐らくこれで二時間位か。

まだナズーリンさんは楽しそうだ。

ただし、こちらには大駒が一つ多くある。
機動性はこっちの方が上だ。
・・・なのにしっかり対応してくる。
上下逆なのに。ちゃんと駒の利きを見ている。
こちらは慣れていないので時々駒損をしていた。

・・・が、大駒のおかげでちょくちょく
王手量取りを掛けられたおかげで、少しずつ駒が増えていく。
ナズーリンさんはその中でも最良の手を選んでひたすら粘っていた。
しかし、最後は物量で取り囲んで、詰んだ。

「・・・投了だ。ありがとう。君は本当に強いな。
 ・・・やれやれ、初めてこの戦法で負けてしまったよ。」
ナズーリンさんが投了した。

・・・やった。
・・・勝ったぁあ!!!

「ありがとうございました!・・・ぅああ。」

そのまま座布団に倒れこんだ。凄く疲れた。
だけど気分は清々しさで一杯だった。

「だ、大丈夫かい?そんな無理しなくても良かったんだが・・。」
「へ、平気です・・。でもちょっとこのままにして下さい・・。」
俺がそう言うと、ナズーリンさんが申し訳無さそうに、

「そうしたいのはやまやまなんだが・・もう夕食の時間なんだ・・。」
「へ?」

ふと時計を見た。旧式の時計だ。
針は一本しかないが、七と八の中間を指していた。

ええ・・・え?
何、三時間半もやってたの俺。そりゃ疲れるはずだ。
というか一局にかかる時間じゃない。

「だから・・・その、広間に集まらなくては・・。」
「・・・う、うん。・・行きましょうか・・。」

重い腰を上げた。パキポキ、と小気味のいい音が腰から鳴った。


つづけ