東方幻想今日紀 十七話  束の間の動揺、同情、欲情

俺は今小傘と買い物の途中の道を急いでいる。
・・・が。

だんだん空が曇ってきた。
しばらく前までは快晴だったのに。

次第に鈍曇りになった。
いつ雨が降り出してもおかしくない。

小傘が不安そうな顔で聞いてきた。

「・・・ねえ、降りそうだから少し急ごうか?」

心なしか小傘は顔を曇らせて少し早足になっていた。
こちらもそれを察して付いていく。

「・・・恐らく、もう少しで降るんじゃないかな。
 うーん、俺の勘だと・・。あと十五分くらいで。」

「そっか・・・。」
十五分か・・・。自分で言っといてなんだけど結構近い。
後一時間強。濡れるのは嫌だ。
ここは延々と畑が続いている。雨宿りできそうなところは無い。

・・・どうしたものか・・・。

不意に小傘が話しかけてきた。
「あ、傘・・・・あるけど・・・いや、なんでもない・・。」
ん?傘あるのに何で・・言うのをやめたんだろう・・。

「えっと、傘・・・あるの?」
「うん・・・一応・・。・・・使いたく・・・無いんだけどね・・。」

歯に何か挟まったような物言い。
・・一体どういうことだろう。

「何か訳でも・・・」
「はい、・・・これ。」

小傘はうつ向き気味に懐から傘を取り出し渡した。

その傘はあまりにも滑稽だった。

紫色で、いかにも唐傘。しかも目と長い舌のおまけ付き。
ご丁寧に柄の先に下駄。ちょっとかわいいかも。
珍しいな・・・こんなの初めて見た。

「・・やっぱり気持ち・・悪いよね・・?薄気味悪いよね・・?
 ・・・怖いよねその傘・・趣味悪いよね・・・?」

ふと小傘が早口で訴えかけてきた。切々と訴えていた。
不安が入り混じり、何かを失いたくない時に出す震えた声だった。
瞳から大粒の涙がぼろぼろこぼれていた。びっくりした。
さっきまでのほんわかとした感じとはまるで違っている。


小傘は前に何かこの傘を悪く言われたのだろうか。
すごくお気に入りで、もしかしたら形見なのかも知れない。

「そん・・・」
バラバラバラバラ

言いかけたそのとき、ものすごい勢いで雹が降ってきた。
「わっ!!?」
「きゃ!?」

すごく痛い。かなり大きな雹だ。
体中を打ち付けるような大量の雹。まるで空からの機銃掃射だ。
雹が降るなんて・・・!積乱雲だったのかあれは・・。
そう思うが早いか、俺は素早く傘を開いて小傘を傘の下に入れた。

「・・・ごめんね・・ありがとう・・。」

・・小傘の瞳は濡れていた。
・・小傘が謝る事なんて一つもない。

雹は轟音を立てて傘を激しく打ち付ける。気温も一気に下がった。
少し間をおいて、俺は言った。

「・・・小傘の傘のおかげで窮地を免れたんだ。ありがとう。
 ・・それにこの傘、すごくいいと思うよ。個性的だしさ。」

小傘の表情が少し明るくなった。

「・・・ほんと?」
「・・うん、本当。」

一気に小傘の顔がほころんだ。
「・・・嬉しい・・・!」

・・少し間をおいて、俺の腕に強く抱きついてきた。
・・・って、えぇ!?

ちょっ・・・!?
頭が真っ白になった。柔らかい感触が腕に・・・・!!
腕に抱きつくというよりも腕を抱きしめるという感じだ。
やばい。あったかい・・・。
やめて恥ずかしい!いややっぱやめないで欲しい!
・・でも離れてくれないとこっちが
恥ずかしさでおかしくなりそうだ・・・!!

「小傘・・・胸・・・当たってるから・・・!」
俺がそう言った瞬間、小傘は顔を真っ赤にして俺から離れた。

「ごっ・・ごめんね・・・!うれしくてつい・・・!!
 その・・・あのあの・・・・・ご、ごめん・・。」
「い、いや、だいじょうぶ・・だっ・・からっね・・。」

やばい。呂律が回らない。恥ずかしさで死ねる。

・・お互いしばらく黙り込んでしまった。

・・・雹は止み、雨になっていた。

俺は赤面している小傘に話しかけた。
すごい言いづらい。何でこんなに勇気がいるんだろう・・。

「・・雹・・・止んだね・・。」

小傘はまだ顔が赤かったが、落ち着いてはいた。
「・・うん、行こうか・・・。」

二人で一つの傘に入りながら残りの道を歩く。
とんだ時間を食ってしまった・・。

・・無駄じゃなかったけれども。

「ねえ、お腹減ったよね?着いたら村市場で少し食べていこうよ!」
しばらく歩くと、小傘さんがいつもの調子になった。
何だか少し気が軽くなった。

村が見えてきた。
恐らくあの辺りだろう。とても賑わっている。
10分歩けば着きそうだ。

雨はいくらか小降りになった。雲の下を抜けたのだろう。

つづけ