東方幻想今日紀 十五話  有り難くて守る気もしない説教

「それじゃ、私は洗濯をしてくるね。
 後は二人でごゆっくりねー。」
ムラサさんが場を離れた。

あ、そういえば服どうしよう。
この二日間変えてないや・・。何とかしたいなあ・・・。
そう思い、とりあえずお茶をすする。

「剣の道って奥が深いんだよ?」

お茶をすすってるときに急に丙さんが切り出してきた。
あれ、その話は終わったんじゃなかったっけ・・。

「はあ・・・。」
俺が相槌を打つと丙さんは嬉しそうに帽子から
小さい筆を取り出した。ドラえもんかお前は。

「たとえば、ここに何の変哲も無い筆があります。」

何でセールス口調なんだろう。

「で、まあ頑張れば木も斬れるのね?」
と言うが早いか、立ち上がって
目にも留まらぬスピードで駆け出し、数m先の
庭の端の木を斬った。斬った・・・・と思う。

・・俺の見間違いかもしれない。
筆で木は切れん。世界の常識だ。
あれだ、きっと素振りをしたんだ。

少しして、木が倒れた。
落ち着け俺。丙さんは筆で木を切っただけだ。
先入観を捨てろ。筆で木は切れる。うん。
丙さんならできる。
頭が混乱している。色々な可能性は全部消えた。

少しして、丙さんがこっちに来て話しかけてきた。
「いや、まあ流石に今のは冗談だけど・・・。」

木切れてんぞ。

「・・・どういう冗談で?」
「え・・・筆で木が斬れるってこと。」
斬ってます。切れてます。

「すいません。俺にもわかる様に言って・・。」
丙さんは俺のわからないという顔を楽しんでいるようだ。

「・・えっと、一言で言うと私には物の結びつきを
 強めたり弱めたりできるの。・・・これだけでわかる?」

成る程。つまり、
「筆と空気の結びつきを強めて筆そのものを硬化させて
 木の一点の結びつきを弱めて線状に脆くしたんですね?」

俺がそう言うと丙さんは心底驚いた顔をした。

「え・・・すごい・・。いい線まで予想してくれると
 思ってたけどまさかぴったり当てるなんて・・・!!」
 ・・・あなた、本当に人間なの・・・?」

あ、そうなんだ。一応予想なんだけどね。

「というか・・・そっちは驚かないの?・・能力・・。」
「何か・・・そういうのはもうここに来てから
 多いから慣れちゃったんだよね・・・。」

丙さんはちょっと驚いた顔を戻して話した。
「えっと、話を戻すけど・・・」

論点なんてあったのか今のに。

「・・剣士は刀を選ぶところから始まるんだけどさ・・。
 ・・その刀みたいに、持ち主を選ぶものも中にはあって・・。
 あなたはその刀に選ばれたんだよ。たくさんの人の中から。」

そうか・・・そう考えるとすごく感慨深い。
こんな名刀は見たことも聞いたことも無かったからなあ・・。

丙さんは続ける。
「だから、使いこなせるだけの技量が無きゃ駄目なの。
 それは使っていくうちに身に付く。でもね、良い刀ほど
 強い力を持っていて・・。使うだけじゃ拭えないのは
 その刀に対する恐怖だよ。リア君、その刀は怖い?」

丙さんはいつもと違う含みのある目をして言った。
急に真剣な態度になったのでちょっとどきっとした。

少し考えた。切れ味は確かに畏怖を憶える。
扱える気がしない。
「・・・怖い・・・です。扱い切る自信が無いです・・。」

「・・・そっ・・・か。
 ・・じゃあ、それを克服しないと駄目かな。
 そのままだとただの見境無く大切なものを
 傷つける武器になるからね。」

そうか・・。俺は自覚を持ってこれを
使いこなさなければならないのか。頑張ろう。

「最後に、これだけは憶えておいて。」
「え?」

一呼吸置いて、丙さんは言った。

「刀とは、何かを守るためのもの。
 自分を見つけるためのもの。徒に何かを
 傷つけるものじゃない。・・・私の師の・・・言葉だよ。」

俺はその顔がすごく印象に残った。
何かを訴えるような切実な目。

俺はその言葉を忘れることは無いだろう。


「・・あ、ここにいた。」

不意に後ろから声を掛けられた。この声は・・。
「あ。小傘じゃん。どうしたの?」
小傘だった。ちょっとびっくりした。
そしてさっきまでの雰囲気どこ行った的な丙さんの
飄々とした態度と口調。

「うん、丙ちゃん昨日は来なかったんだね。
 実は買い物を頼まれちゃって・・・一緒に行かない?」
「あー・・・それなら彼に行かせたらいいんじゃないかな?」

「あ、うん、そうだね・・・。」

すいません。お二人さん。
俺はまだ了承どころか許可を求められてすらいないです。
・・・居候の身だから断る権利は無いけど。

「あ、リア君一緒にいいかな・・・?」

・・あ、一緒なの?てっきり一人で行かされるのかと・・。
「あ、うん、いいよ。」

俺がそう言うと小傘は花が咲いたような笑顔で、
「ありがとう!じゃあ一緒に行こうか!」

何だかそんな笑顔で言われると居候じゃなくても
断れる気がしない。付いていくことにした。


今は10時頃だろうか。
帰ってくるときにはお昼になりそうだ。
今日は聖さんだから昨日よりおいしいはずだ。
ナズーリンさんには悪いけど・・。

そういえば丙さんが切ったあの木どうすんだよ・・。


つづけ