東方幻想今日紀 十四話  愉しむ少女と閃く俺

丙さんを斬ったら勝ち。
斬れずに十五分経ったら負け。
単純なルールだ。
・・・でも、単純だからこそ、難しいわけで。

「あのー、万が一のことを考えて、
 鞘をつけてやってもいいですか?」

もし当たったら大変なことになる。

「大丈夫、もっと確率は低いから。」

まさかの挑発してきました。
自信たっぷりだな、ほんと。

「ほら、もう一分経つよ?はやくはやくっ。」

畜生。無駄にかわいい。
仕様が無いので、軽く踏み込み斬る事にした。

一歩踏み込み、帽子の高さで横に少し遅めに払った。


・・やはり避けられていたが、ぎりぎりで避けていた。
身を大きく反らす、とかでは無く、
当たらない限界の場所に小さく身を引いていた。

・・む。何かすごく馬鹿にされている気分。

もう一歩踏み込み、今度は素早く二段斬り。

・・ちゃんと避けられていた。
それも必要最低限の動きで。っく・・・。



「・・あれ?随分と動きが鈍いよ?
 外来人ってやっぱそんなもんなの?なんちゃって。」

挑発にフォロー入れんなし。挑発にならないだろうが。
何だなんちゃって、って。

何で俺は挑発の添削してるんだ・・。アホか・・。

・・今度は簡単に避けきれないように踏み込みを深くした。
部位はもう心配しなくていい事がわかったので、
足を水平斬り、途中で止め真上にさらに踏み込んでなぎ払った。

・・・どうだ・・?
ふと丙さんの位置を見ると視界から消えていた。
その瞬間、後ろから頬を指で軽く触られた。

「っうぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「あはは、結構やるね。振り方が増えてきたじゃん。
 ・・・でももう少しがんばらないとね?」

うう・・なんて屈辱的な・・。
・・・ちょっと黙らせよう。
「・・・後悔、しないで下さいよ?・・その言葉・・。」

「お?随分とやる気になってるね・・。こわいこわい。」
丙さんは心底楽しそうだった。

立て続けに踏み込んで払った。左に動いた気配がしたので
後ろに下がってまた踏み込んで上下に振る。
それを何度繰り返しただろうか。
・・だが全く捕らえられない。かすりもしない。

振り終わるとその度に後ろにいて、
頬を軽くつままれたり優しくつつかれたりする。

・・一つ、思った。

・・・これは精神攻撃じゃないのか・・・・?

「後五分だよ!」

ムラサさんの声ではっとした。
もうほとんど時間が無いのか。

・・ここで、良く考えてみた。
恐らく、丙さんは俺の攻撃を下がって避けた後、
俺の後ろにすぐに回りこまず、一旦反対方向に
円の端まで戻ってから素早く来ている。
そしてサイドステップ二回で素早く背後に来ている。
・・・だとしたらだ。

「・・・丙さん、あなたを、斬ります。」
「がんばってね!応援してるから!」

・・調子狂うなあ。何その発言。
・・もうさっきのようには行かないけれどね。

まず、さっきと同じように踏み込み、水平に斬る。
丙さんが右に大きく移動する気配が感じられたが、
そこで追わずに一歩下がる。すぐに振らずに一拍置いて
その場で回転斬りをした。足を踏ん張って止まり、
真後ろを間髪入れず剣で突いた。

「っわ・・。」

!?明らかに動揺した声。いける!
そのまま後ろに踏み込んで逆回転斬りをした。

丙さんの手に剣が触れる瞬間が目に入った。

・・・なのだが。
俺は完全に忘れていた。この剣は良く切れるということを。
「しまっ・・・!」


・・もう遅かった。剣は振り切られた。
・・・やってしまった・・・。


・・・おそるおそる丙さんの手を見た。

・・傷が・・・・無い・・!!?

丙さんの手は傷一つ付いていなかった。
あの剣を手で受けていてだ。
・・・唖然とした。

「ふぅ・・・今のは危なかったなあ・・・。
 ちょっとどきっとしちゃったよ・・・。
 ・・・さて、続きといきますか・・」
「はい、十五分経ったよ!」

お互いムラサさんの一言で我に帰る。


・・縁側に座って三人で休憩。
お茶はムラサさんが途中で淹れてきてくれた。

「二人とも本気になりすぎだよ。
 それに、丙は無茶しすぎ。見てて怖かったんだから。」

それについては面目ない。
頭が冷えてたらこんなことは絶対にしない。
そういえば・・・・。
「あの・・手、大丈夫ですか・・?
 ・・・あとどうして切れなかったんですか?」
俺がそう言うと丙さんは笑顔でこう返した。

「あはは、あれね。ちょっと避けられなかったから
 手で全く同じ速さと方向で手を動かして受け流したの。
 そうすれば刀なんだから切れないでしょ?」

簡単に言うな。
そもそもそれ自身も人間業じゃねえよ。

「・・・私はさ、幼い頃剣術をやっててさ・・・。
 ・・で、剣はこういう訓練が一番いいって
 私の師が言ってた。だからこんな事をやったんだよ。」

「え・・・ということは・・・あれは本心ですか?」
あんなに適当な口調で言ってたのに。

「うん。その刀、使いこなさなきゃ、周りにも迷惑だし
 自分自身を切ってしまう可能性があるし・・・。」

そんなに深い意図でやっていたのか。
思慮が深いなぁ・・。とても有難い。
「・・ありがとうございます、丙さん。」

俺がそう言うと彼女は微笑んで、
「やだなあ。もっと親しみを込めて話してよ。
 丙って呼んでいいから。ね?リア君。」

・・やっぱりここの人は優しいなあ。
胸の奥から何だか良くわからない感情が込み上げて来た。

「えと・・・丙、ありがとう。もし良かったら
 また鍛えて欲しいな・・なんて。」

「うん、いいよ。気が向いたらだけどね。」
そう言って彼女はお茶をすすった。
自分もすすってみた。

ふわりと上品な番茶の香りがした。
疲れているからおいしさがすごく身に染みた。

お茶をすすりながら思いにふける。

・・この良く切れる刀は、諸刃の剣なのかもしれない。
これを生かせば、きっと自分にとって大切なものになるだろう。

澄み渡る青空。筋雲が高い空にたなびいていた。



つづけ